パートナーのこと、どこまで受け入れるべき?|「我慢の量」で答えが出ない理由
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今日もいただいたご質問にお答えします。
テーマは「パートナーの言葉をどこまで受け入れたらいいのか」という話です。
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いただいたご質問はこちら
浅野先生
はじめまして。突然の相談、失礼いたします。
主人のことでもう何年ももやもやしています。
悪い人ではありません。ただ、言葉と態度が、ちぐはぐなことがあって。
たとえば、「疲れてるなら休んでいいよ」と言ってくれるのに、夫はあきらかに不機嫌になりながら家事をします。
なんというか、少しずつ、噛み合わないんです。
たとえば、私が仕事や育児で疲れて、ちょっと弱音を吐くと、主人はすぐに「こうすればいいじゃん」と、解決策を出してくる。
私はただ、そうだね、大変だったね、と聞いてほしかっただけで。
でも、主人は良かれと思って言ってくれているので、「そうじゃない」とも言いづらくて、結局「そうだね、ありがとう」と、飲み込んでしまいます。
今までは私が受け止めればいいんだ、と思ってきました。
でも、ふとした瞬間に、この先ずっとこうやって飲み込んでいくのか、と、急にしんどくなるんです。
これは、私が受け入れるべきことなのでしょうか。
それとも、我慢しすぎなのでしょうか。
相手の何を受け入れて、何は受け入れなくていいのか、自分でも分からなくなっています。
ネタ募集ネーム:さきさん
世の中の答えは、だいたい二つに割れている
さきさん、ご質問ありがとうございます。
この「どこまで受け入れるか」という問い、ほんとうに悩ましい問題ですね。
そもそもこちらに「受け入れる気持ち」があるからこそ、なんとも言いがたい気持ちになりませんかね?
ちなみに、この問いに対する世の中の見解のようなものを調べてみると、だいたい二つに割れるみたいですね。
ひとつは、「結婚は、我慢と妥協と忍耐だ」という話。
おぉ・・・と僕は思ってしまいましたが、「ある程度は受け入れて当然、それが大人の関係だ」という考え方ですね。
確かにそれも間違っていないのかもしれない。
もうひとつは、逆に「我慢しすぎるな」という側。
「自分の気持ちを大事に、境界線を引いて、限界なら離れることも選択肢だよ」と。
ただ、この場合は「自分の気持ちを大事に」という言葉に引っかかりそう、というか。
「自分の気持ちを大事にしているから、夫を受け入れてきたんだよ(受け入れたい気持ちも私の気持ちなんだよ)」
ということでしょうからね。
だから、そう言われると「私って自分の気持ちを大事にしてこなかったんだろうか?」という疑問が生じそうですね。
ちなみに僕の見解は
「おそらく自分のお気持ちは大事にしてきているには違いない。じゃなければ夫を受け入れることはないから。
ただ、相手の気持を受け入れるときに、自分の気持ちをどう扱っているかは要検討ですかね?」
といった感じですね。
どちらにしても、この二つの考え方って、よく見ると、同じ物差しで話しているんですよね。
「我慢の量」という物差しで。多く我慢するか、少なく我慢するか。
その量の話に、なっている。
でも、僕はちょっと違うところに、この問いの本質があると思っているんです。
その前に。「受け入れる」には、二種類あります
本題に入る前に、ひとつだけ、整理したい部分があります。
ここが曖昧なままだと、話が混乱しがちなので。
それが「受け入れる」という言葉、そのものの意味です。
これ、実は二つの違う意味が混ざって使われている事が少なくないんです。
ひとつは、相手の存在や、気持ちを、受け止めること。
さきさんの例でいうと、ご主人が「こうすればいいじゃん」と解決策をくれる、その奥にある「なんとかしてあげたい」という気持ち。
あるいは「休んでいいよ」と言ってくれる、その言葉。
こういう、相手の善意や気持ちそのものを、「ああ、この人はそう思ってくれてるんだな」と受け止める、という意味での「受け入れる」です。
これは、受容と呼ばれるものに近いですね。
もうひとつは、相手のやり方や、その場の空気に、自分を合わせて飲み込むこと。
ほんとうは「ただ聞いてほしかった」のに、「そうだね、ありがとう」と自分の本音を引っ込める。「休んでいいよ」の言葉の裏で、なんだか不機嫌そうな空気を感じて、じゃあ休まないでおこう、と自分を引っ込める。
これは、許容とか、迎合に近い「受け入れる」でしょう。
この二つはやっぱり別ものなんですよ。
そして、たいていの「どこまで受け入れるか」問題は、この二つが、ごちゃ混ぜになっているので、自分でもよくわからなくなる。
相手の気持ちは、受け止めたい。
ご主人の善意を、否定したいわけじゃない。
でも、だからといって、自分の本音を毎回引っ込めて、相手のやり方に全部合わせなきゃいけないかというと、それは、別の話。
だからこそ悩む。
ただ、相手の気持ちを受け止めることと、自分の気持ちを明け渡すことは切り離せることでもあるんですよ。
先に「自分の気持ちをどう扱っているかは要検討」と書いたのは、これなんです。
さきさんは、ご主人の気持ちは、ちゃんと受け止めている優しい方なんだと思います。
その優しさを疑う理由なんてどこにもありません。
ただ、そのたびに、自分の「そうじゃないんだけどな」という気持ちのほうを、なかったことにしている。
受け止めているのは相手の気持ちだけで、自分の気持ちは、受け止められていないのかもしれない・・・というね。
よって、「自分(の気持ち)を大切にしましょう」という言葉が登場するんでしょうね。
「どこまで受け入れるか」は、たぶん、二つの問いでできている
ここからは、そのうえで、の話です。
「どこまで受け入れるか」の正体は何か、という本題を少し見ていきましょう。
僕は、この問い自体が「二つの問いが重なってできている」と考えているんです。
ひとつは、「どこで受け入れるのをやめたら、自分が後悔するか」。
もうひとつは、「どこまで受け入れたら、自分が潰れるか」。
この二つの間の、どこかに、その人にとっての線(ライン)があるんですよね。
「後悔するライン」と、「限界を迎えるライン」、といいますか。
まだ自分自身に余裕があるのにラインの手前で判断すると、後悔してしまう。
かといって、明らかにラインを超えて飲み込みすぎると、もう自分が辛くなりすぎる。
そして、この二つのラインのあり方自体、人によって違うもの。
だから、誰かの「後悔・限界ライン」の話を聞いても、その話自体が「この人はこうなんだ、なのに私は・・・」という疑いの種になりかねない。
また、そもそも受け入れる限度って、今の自分のコンディションやライフサイクルなどの時期によって変わりますよね。
たとえば、仕事が大変だったり、子育てで時間がない、なんて状況であれば、そうではない時期に比べて限度の閾値が下がっても不思議ではない、というか。
だから、「一般的にここまで」という正解が、そもそも存在しない可能性があるんです。
もちろん、明らかに害がある場合は別ですよ。そこは僕も明確に「離れるべき」と思います。
ただ、「パートナーをどこまで受け入れるか」を、いわゆる「我慢の量」で答えを出そうとしてもスッキリしないのは、おそらくここが理由なんだろうと考えています。
そもそも・・・「パートナーを受け入れてあげたい」という気持ちは愛だから、我慢が募ること自体、「なんか違うな、これ」って思う理由になるはずなんです。
「相手を甘やかすな」という正論も、分かるんです
ここで、こういう声も、聞こえてきそうです。
「そんなに受け入れたら、相手をダメにする」
「大人なんだから、自分でなんとかさせろ」と。
その通りだと思います。
相手に依存させて、いいことはあまりないですね。
いわゆる「受け入れすぎ」が、相手が自分で気づく機会を奪ってしまうことも実際にあります。
この正論は、まちがいなく正論です。
ただね。
この正論って、受け入れる力が高い人ほど、しんどくなる傾向があるんじゃないか、と僕は見ています。
なぜなら、「パートナーをどこまで受け入れるか」は、突き詰めると
「自分がどうするか」
という決断でしかないからです。
相手をどうこうする話じゃなくて、自分が引き受けるか、引き受けないかを、自分で決める話。
ただ、大切な人を受け入れることの意味を、身をもって知っている人ほど、この「自分で決める」の際限のなさに追い詰められやすいんです。
「もっと受け入れてあげれば、相手はきっと助かるはず」とか
「私が受け入れてあげれば、相手も楽になるはず」とか
悪意なくそう考えてしまう。
ここが相手の依存を増長させる部分だとも言えるんですが、そう断じてしまうのもなんか違うな、と思うのが長年カウンセリング現場にいる僕の実感です。
もちろん僕自身、「いたずらに相手の依存を引き出すこと」を良しとしているわけではありません。
ただ、「受け入れることの意味」を知っている方の気持ちを、ド正論だけを使って踏みにじることはしたくない、と思うだけなんです。
むしろ、受け入れることの意味を知っていることも、素晴らしい価値なので。
しかも、このあたりの話は、バランスよく立ち回ればいい話であってね。
「依存を切れ」「受け入れるな」という極端な話で答えが出るものでもないと思うんですが、さていかがでしょう?
バランスよく立ち回るとはどういうことか?
じゃあ、その「バランスよく立ち回る」って、具体的にどうすることなの?が残ってますよね。
これ、いきなり「受け入れるのをやめる」とか「はっきり伝える」とか、大きな一手を狙わなくて、いいんです。
というより、そこを狙うと、たいてい力んで、うまくいかない。
そうじゃなくて、まずは、ほんの小さなところで、いいんですよ。
たとえば、ご主人が解決策を出してくれたとき、いつもは「そうだね、ありがとう」で飲み込んでいた。
そこで1回だけ「ありがとう。でも今日はね、ただ聞いてほしかっただけなんだ」と、付け足してみる。
自分という主語をつけて話す。その場に置いてみるイメージ。
相手に伝えることよりも、自分が伝えた、という事実のほうが大きいんですよ。
いわば、自分の気持ちを、なかったことにしないこと。
それでしか、自分の「後悔・限界ライン」を、少しずつ探っていくことは難しいのでね。
*
実際、ご主人がどう反応するかは、切り分けて考えることがオススメです。
すんなり「そっか、ごめん」となるのか。
それとも、うまく伝わらないのか。
その反応を見ることが、実は「この関係で、自分の気持ちはどこまで置けるのか」を知る、手がかりにもなるのでね。
とはいえ、あなた自身が抱える不安もあるでしょうし、不満も怒りもあるでしょう。
そういった気持ちにフタをするのではなく、まず持っていき場所を作ることです。
できればその先がパートナーさんであればいいですよね。
ただ、今はそれが難しい状況なら、置き場所をカウンセリングに持ってくる、という形も一時的にはとても有効ですよ。
家庭生活の中で、自分の気持ちを「家の中で」ずっと飲み込んでいると、だんだん、自分が何を感じているのかさえ、分からなくなってくる事が多いです。
ポイントは「家の中で」という部分でして。
「家」って安全な場所という意味もあるんですが、「抑圧」の心理的な意味合いを持つ場合もあるんです。
もちろん、人によって違いますけど。
家の中に隠れて外に出さず抱える、というイメージがあると、家にいるだけでしんどくなることもあるのでね。
そのあたり、家の外に気持ちの置き場所を作ること、それに意味が出てくるんですよ。
最後に
最後になりますが、「どこまで受け入れたらいいのか」というご質問。
ここは、僕から明確な答えを差し上げることはできないんですね。
もし答えてしまうとしたら、それが基準になってしまう可能性があるので。
ただ、こう書くと、急に突き放しているように聞こえるかも、と僕も分かって書いていますよ。
「誰も答えをくれないのか」と。
もしくは、
「答えは自分で出すしかない」と考えすぎることで、パートナーと一緒にいる意味そのものを、見失わせるかもしれない、と。
だから、最後にひとつだけ、こう考えてみてほしいのです。
「これまで、あなたが受け止めてきたこと。支えてきたこと。それ、間違いだったと思いますか」。
もし、自分自身が歩んできたプロセス、それが間違いじゃなかったんだよね、と思えたとき。
そこで、分かるんですよ。
「どこが後悔のラインで、どこが限界のラインか」が。
そして、それが理解できるのは「実際にパートナーを、大切な人を受け入れてきた人」です。
受け入れたこともないのに、分かるはずがないと思いません?
とはいえ、自分ひとりでは、なかなか見えないものかもしれません。
だから、まずは自分を整えること。
その上で、信頼できる人との対話の中でそっと探ってみるくらいが、ちょうどいいのかもしれませんね。
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