ほぼ30代からの”仕事に活かせる”心理学

「仲間や友達ができない」という悩みとその心理 〜補償行為と家族関係の視点から〜

「仲間や友達ができない」というお悩み

例えばこんなケース。

昔から仲間や友達を作りたいと思うけれど、いつもできないんです。

だから、いつの頃からか仲間や友達は必要ないと思いこんで生きてきました。

ただ、年令を重ね、日々忙しく仕事する中で

「自分にも心許せる仲間や、何でも言い合えて助け合える友達がいたらなぁ」

と思うようになりました。

ただ私が寂しくなっただけ、なのかもしれませんが。

仕事の仲間は信頼できます、

が、何でも話せる関係ではありません。

家族とも話しますが、心配をかけると思うと話せないことも多いです。

そもそも、昔からどうしても仲間づくりが苦手で、どうすればいいかがわからないと感じることが多いんです。

どうすれば心許せる仲間や友達ができるのか、アドバイスいただけるならお願いしたいんです。

ということで、今日は「仲間や友達ができない人の心理と特徴」について考えてみたいと思います。

よろしければどうぞ。

「仲間や友達ができない人」の心理と特徴

仲間や友達ができないというお悩み

「仲間や友達ができない」というお悩み、その心理と特徴は「補償行為」です。

もう少し詳しく解説すると

本来は利害関係抜きにつながる仲間や友達などの関係に

自ら「利害関係」や「相手への過剰な報酬」を持ち込んでしまう傾向がある

と僕は考えるんですよね。

例えば

「私もいい歳なのだから、ただ仲良くではなく、実のある関係にしないといけないよね」とか。

「仲間や友達になるにはそれなりに相手にメリットを提供しないと無理だろう」

みたいな考え方をするわけですね。

これが僕たちの心理学でいうところの「補償行為」と呼ばれるものです。

心理学講座のシンボル
補償行為 〜心理学の用語解説〜補償行為 「補償行為」とは、愛に基づくのではなく、怖れ、罪悪感、無価値感などから行われる行為のことを言います。 https://...

まぁビジネスや「師弟」といった関係であれば、相手に何かしら提供できるものがあるべきなのかもしれません。

しかし、対等な仲間になるために、何かしら提供しなきゃいけない、と考えすぎてしまうと、まぁ仲間意識って持ちにくいですよね、お互いに。

利害関係と信頼関係はちょっと違うもの。

むしろ、利害関係になるからこそ信頼が崩れるって結構あると思うんですよ。

つまり、人とつながる要素が「メリット」のように利害関係を示すものとなると、手放しに信頼できて助け合える関係から遠ざかるんですよね。

例えば「相手に過剰に気を使う」という事例

例えば、「仲間や友達になりたい相手に過剰に気を使う人がいる」としましょう。

この「相手への過剰に気を使うこと」が、当のご本人の中では「相手への報酬」を意味しているわけです。

ただ実際は、「気を使った結果」って「自分が何らかのメリットを得るため」ですよね。

確かに人への気遣いは素晴らしいものですし、人に気を使えるのであればそれは相手のことを考える能力があるということかもしれません。

が、もし必要以上に過剰に気を使うのであれば

「もはやそれは誰のためなんでしょうか」

という視点がスコーンと抜け落ちることが多いようです。

ただ、「だから気を使いすぎているあなたが悪い」という話ではなくて

「相手があなたに対して少しづつ親密さを感じていても、あなたがそれを感じられない状態」であるならば、なかなか仲間や友達ができないかもしれません。

要は、相手が少し親しみを感じてくれていたとしても、それが理解できないし、相手から投げかけられた「良い影響」を受け止めることができないんです。

だから、相手の反応も悪くなるといいますか。

こちらが相手に「仲良くなる気がないのかな」と感じるような反応を見せているんです。

「仲間や友達ができない」に隠れた不足感

また「仲間や友達ができない」というお悩みに隠れているのは

「自分では不十分」という不足感である

ともいえるんです。

まぁ何をもって人を不十分とするのか、その基準は僕にはわかりません。

ただ、「今の自分では不十分だから、何かしら相手にメリットを提供しないと関われない」と感じていると

対人関係、友達関係に、そもそもは持ち込まなくてもいい利害関係や報酬を持ち込んでしまう、といいますかね。

心から信頼する勇気が持てないから不足感を感じる

このような「自分では不十分」という不足感って

実は「相手を信頼する勇気を持てない」という

なかなか自覚できない(自覚したくない)加害者意識や罪悪感を覆い隠す作用があるんですよ。

むしろ、この加害者意識に気づいちゃうと、自分に幻滅しちゃうことが多いんですよ。

というか、一時的にガッツリ凹むことが多いです。

例えば、仲間や友達ができない、と悩む人ほど

心の底では「仲間や友達を信頼したい」と思っているから悩むわけですよね。

もし、その自分自身が「自分が相手を信頼する勇気を持てない」のだとしたら

「友だちが欲しいって言いながら、自分が人を信頼していない。もう最悪。」

と思う可能性ってかなりあるわけです。

ただ、ここもある意味避けては通れない道、と言いますかね。

「自分は人を信頼することを怖がっている」と受け入れることで、自分が抱えている感情や思いに触れることができるもの。

しかし、加害者意識を封じていても、「結局対等に関われない」という結論しか導かないんですね。

そんな自分を覆い隠すべく、人に過剰に気を使うなどの補償行為が止まらなくなるんです。

本来見つめるべき「人を信頼する勇気が持てなくなった理由」に意識が向かないんです。

だから、一時的に凹んだとしても、まずはそんな自分をよしとしながら

自分の事情に着目し、理解し、解決していくことが前向きな選択だと僕は思います。

「仲間や友達ができない」と家族との関係

とかく「仲間や友達ができない」という悩みの根っこには、家族関係が影響していることが多いものです。

難しい話は別にしてカンタンに要点だけまとめますと

最も身近で近い距離感にある家族との関係で、信頼する、支え合うという行動に出ることができなかった人ほど

「家族でも距離があるのに、他人と親密な関係になれるわけねーだろ」

と感じやすくなります。

要は、人を信頼しようとして傷ついた経験があり、未だそれに囚われていると

「自分から人を信頼する勇気を持つ」

ということが難しくなるんです。

「人を信頼する勇気を持ったってムダに終わるだけ・・・」
「どうせ自分の信頼なんて相手にとっちゃ取るに足らないものでしかない」
「結局、自分の真心なんてものは軽く扱われるんだ」

そう思いたくなくとも思っちゃう、といいますかね。

そんなめっちゃ切ない経験をされてきたのかもしれない、ともいえます。

癒やすポイントは「大切な人に良い影響を与えられないと嘆く自分」

ただ、ここでものすごく重要なことを書きます。

実は、ここで嘆いているのは「家族を信頼できない自分」というよりは

「家族などの大切な関係にある人間に良い影響を与えられない自分のちっぽけさ」

なんです。

ここには痛烈な無価値感(自分になんて価値がない)がある、ともいえます。

だから、

「人に良い影響を与えられないちっぽけな自分」と感じている自分自身のケアが重要になる

と僕は考えます。

ときには家族との関わりを大人同士として深めたり、理解するチャレンジがあってもいいと思います。

すると、

「自分って本当は近くにいる人を助け、支え、励ましたいと思ってるんだ」

と実感しやすくなりますよ。

ここがポイントといいますかね。

本当の仲間が欲しかったら、「自分が仲間を助ける人間でありながら、何かあったら仲間に助けてくれと言える人間であればいい」わけですから。

あなたにとって無理のない程度からきちんと向き合ってみると

徐々に自分を許せたり、本当に自分が持ちたかった信頼する勇気を取り戻しやすくなりますよ。

最後に

そもそも「仲間や友達を作る」って結構大きな作業です。

また「仲間や友達が欲しいのにできない」とは「困りごと」のはず。

困っているのだから、支援や学習があったほうがいいし、支援やサポートを受けること自体、何ら恥ずかしいことじゃないですよね。

 

昔、ある方からこんな話を伺ったんです。(僕の知人でクライエントさんじゃない方です)

「人ってさ、お金の稼ぎ方を学ぶことには凄い価値を見出すけど、人を大切にする方法を学ぶなんてダサいし稚拙、って思っていないかな。

仕事でも、もちろん恋愛でも夫婦関係でもさ、相手を大切にする方法を知らない限りうまくかはいかないと思うんだよね。

結果を出すのは大切だけど、結果って一人で出せるものじゃないからね。

例えば俺がお前(浅野)から聞きたいのは、今日出会った人をめちゃくちゃ喜ばせる方法で、今日出会った人からお金を引き出す方法じゃないんだよな。」

この話を聞いて「めっちゃいい話を聞いたから、ここは僕がおごります」と言いそうになった、という話は別にして(^^;

「人との関わりで悩むのは人を大切に思うから」

僕は常々そう思うのですよ。

自分にとって大切ではない、価値を感じないもので僕たちは悩まないと思いませんか?

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