こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日は、なかなか口にしづらいけれど重要なテーマを忍耐女子コラムとして書いてみます。

テーマとは「パートナーの浮気」です。

カウンセリングでこういうお話をうかがうことがあるとかないとか・・・。

「彼に浮気されたんです。もうショックで眠れない毎日です。でも、私がいけなかったのかなと思うと辛くて・・・。」

・・・うーん、切ない、では済まない苦しさだと思うんですよね、ホント。

ただ、ポイントは、浮気された側なのに、自分を責める気持ちがわんさか湧き出す、という部分なんですけど。

浮気されたの自分を責めるなんておかしい、と思う人もいるかもしれませんよね。

でも、これ、結構あるんですよね。

特に、忍耐女子さんは。

忍耐女子が浮気した相手を責められない理由

まず、僕が忍耐女子と呼ぶみなさんは、そもそも他人を責めることに強い抵抗がある人が多いんですよ。

それだけ常識的とも言えるんですけど、過剰な他責への抵抗感が根っこにある場合が少なくない、というか。

たとえば、自分自身が過去に責められて痛い思いや我慢を続けてきた経験があると、そうなることもありますね。

理解されなかった経験があるからこそ、私はその選択をしない、という感じ。

これ、痛みを知るから優しさや理解を選ぶ、という話でもあるんです。

ただ、ここが分かりにくいけど今日のコラムの肝になる話なんですが、

「誰かに責められると、責められる痛みだけじゃなく、責める側の痛みを感じ取っている」

という場合もあるんです。

だから、責める、責めないという話は、どちらかだけが無事だ、ってことはほぼないんです。

それは浮気の話でも、夫婦喧嘩でも、親子の対立でも同じでね。

だから、お互いの痛みを感じるから、優しい人ほど、責められても責められない、なんてことが起きるんです。

自分の中で責める気持ちが出てきたとしても、痛みしか産まないと理解できているというか、心がそう反応するので打ち消してしまう感じかな、と思うんですけどね、僕は。

だから、辛い出来事が起きたときに、意識が「私がいけなかったのかな」という方向に向かってしまう、というか。

・・・でも、それって、自分がどんどん傷ついていく構造でもあるわけでね。

これは、いわば痛みを知る人なら分かっていただける話かな、と思うんですが。

浮気で一番傷つくのは、愛を粉々にされる感覚

じゃあ、忍耐女子さんが浮気で一番傷つくのは何か、というと。

浮気そのものより、その手前にある話だと思うんですよね。

忍耐女子さんって、自分のことは自分でやる、という意識が強い。

困ったときも、基本的に自力でなんとかしようとする。

それはある意味、責める・責められる、双方の痛みを知るからこそ、誰も傷まない選択の一つにもなるんですよ。

全て自分の中で収めれば誰も傷つかない、だけじゃなく、お互いの傷、という感覚を感じなくていい、というか。

だから、逆説的なんですが、自らが何かを愛することの意識が強くなる、というか・・・。

愛せばなんとかなる、と思っているし、私の愛が足りないんだと思えば、お互いの傷の感覚を知らなくていい、というか。

だから、忍耐女子さんほど人を愛することに、全力を注いでいる人が少なくないんですよ。

よって、パートナーの浮気はその愛を、根っこから粉々にされる感じがする、というか。

まぁ激痛なんですよ・・・。

耐え難い痛みを感じる、というか。

さらに言えば、浮気されても「あなたがしっかりしていないから」と言われると、そうだよね、と思いやすいのも忍耐女子さんの特徴。

まぁ、実際にはさまざまな事情はあると思うんですが、浮気という事実だけを見れば「浮気した側」が加害者なんですよね。

でも、いつしか「上手く愛せなかった私」という加害意識が登場する。

でも、この加害意識は「裏切られた」というより、「愛してきたのに、私の気持ちはいつも理解されない」という絶望を刺激することが多いんです。

だから、意識では「浮気ぐらいよくあること」と自分に言い聞かせても、心は悲鳴をあげる・・・。

・・・なんかもうめちゃくちゃ切ない話なんですよね、これ。

「私がいけなかった」と思いたい、もう一つの理由

「私がいけなかったのかな」という気持ちが出てくるのは、いわゆる責任感が強いからだけじゃないと思うんです。

愛してきた自分を守るために、「私に原因があった」と思いたい、という意識の流れもあるんです。

なぜなら、そうすれば「愛すること自体は間違っていなかった」となるから。

「私が変われば、愛はまだ成立する」という希望が残るから。

・・・ただこれ、見方次第では、ちょっとしんどい話でもあるんですよね。

もちろん愛することや許すことに大きな意味はあります。

それは間違いないし、変わることがないことだとも思います。

ただ今は、自分自身が傷ついているし、すでに痛みを感じていても不思議ではないのではないかな、と。

ただ、だからこそ、「愛することに希望を残したい」と思う気持ちもわからなくもないわけでしてねぇ・・・。

よって、浮気されても関係改善を望まれる人も多いし、同時に、「そう思っている私ってただ執着しているだけなのかな」と考えてしまう人もいるのではないかって思ってます。

まぁ、原理原則だけで考えれば執着と言えなくもないんですよ、これ。

心が何かに囚われていることには違いないので。

でも、そこに「希望」が込められていると知っていて、「そりゃ執着だから手放しを」と言うのはどうなんかな〜といつも僕は考えてしまいますね。

そもそも執着しているのは、今の関係なのか、それとも愛することへの希望なのか、という話もありますし・・・(また余計なことを書いたかも(^^;)

ただ、どうあれ、これ以上傷ついてもらうことを肯定したいわけでもないので、明らかにダメージがやって来る場合(たとえば、相手があまりに自分中心な言動をしている場合など)は

「ちょっとバックステップ踏んで、距離取りましょう。バックステップね、すぐ振り向けとは言わないので」

なんてお伝えすることはありますけど。

・・・このバックステップが踏めないと、「愛することへの希望」に縛られてしまって、自分が傷つき続けることにもなりかねんのでね。

僕は何より「心の回復なしに関係改善はないかな」と考えるカウンセラーですし。

「ここからどう回復してもらって、どのように未来への希望や幸せをつなぐか」を必死こいて考えているわけです、こう見えて(笑)

「怒っていいんだよ」が届かない理由

よくこういったケースで

「えー、それもっと怒っていいんだよ」「言いたいことは言ったほうがいいよ」

と言われた、なんて話をうかがうこともありますよ。

・・・分かるんですよ、その言葉の意図は。

それも応援だし、優しさだと思うんです。

でも忍耐女子さんには、これがなかなか届かないというか、酷に感じることもあるだろうと想像してますよ、はい。

むしろそう言われると「怒れない自分がまたダメだ」になってしまうことさえありえる、というか。

なぜかというと、感情を出す前に「これを出していいのか」というジャッジが先に来てしまうので、より苦しいんですよね。

怒りを感じても、「こんな気持ちを持つべきじゃない」と打ち消す。

悲しみがあっても、「いつまでも引きずっていてはいけない」と閉じ込める。

苦しさがあっても、「自分で解決しないといけない」と抱え込む。

全部、自分の中に溜め込んでいく。

その根っこには「愛し受け入れることに対する希望」があったりするんじゃないか、と。

・・・もはやここまでいくと愛を信じるというより、愛に対して愚直過ぎる、と思う人もいるのかもしれない。

ただ、それでも、お互いの痛みを感じたくない、傷つけあいたくないという思いを抱く人もいる。

その気持ちは・・・正解不正解という話ではなく、無視できないよね、と僕は思うんですね。

ただ、だからこそ

「辛いなら辛い、苦しいなら苦しい、怒りがあるなら怒り」

を表現できる場所、気持ちを持っていける場所を、まずは「日常の外側」に持つことは大事かな、と思ってます。

それなしに、関係改善を望むと、愛することへの希望をつなぐために、自分の心を犠牲的に扱うことにもなりかねん、というか・・・。

少なくとも、今の気持ちをそのまま受け取ってもらえる場所があることで、少しずつ、感情が解放されていき、気持ちに余裕ができてくる。

その余裕がめっちゃ大事、というか。

心の余裕なしに愛することへの希望を持ち続けると、正直何もできなくなるんじゃないか、とさえ思うこともありますよ。

怒りや痛みを感じても何も言えねぇ(言っちゃいけねぇ)。

悲しみや文句があっても何も出せねぇ(出したら愛に反する)。

だから、逆に我慢が効かなくなって、ガトリング砲をぶっ放すことになって、自己嫌悪、みたいになることもある。

それは自分を愛することとは真逆の位置に立つってことに近いのでね。

もし、自分が愛することへの希望を感じ続けたいなら、自分が傷つき続けては無理かな、と。

それは、今月の財政状況が厳しいのに、彼に助けてと言われ、どこかのキャッシングに走って、結果自分が追い詰められる、なんてことに近いのかな、と。

明らかに妙な例えですけどね・・・。

浮気=あなたの愛は、間違っていた、とは限らない

長くカウンセラーなんてしていますと、こう思うんですよ。

「浮気されたこと」=「あなたの愛が間違っていた証拠」とは限らない、という話。

あなたの愛の形が、たまたまその人には届かなかった、もしくはその人には受け取る力がなかった、というケースもあります。

愛されると逃げようとする人もいるし。

相手が「自分の愛が足りない」と思って自罰的になり、その罰の形が浮気となって現実化しているケースもある。

ここは自分自身、相手、状況などを冷静に状況を見る方がいいと思うんです。

が、そんなこと言われても、つらすぎて冷静になんてなれねーよ、が本音だと思うんです、はい。

だからこそ、「愛することへの希望」は持っていていいとしても、浮気されたから私の愛に価値はない、なんて結論だけは出さないほうがいいかな、と思います。

もちろんどちらかが相手から一方的に何かを搾取しようとしていたり、相手が浮気するように仕向けていた、なんて関係の場合は別なんでしょうけど。

「私は私なりにちゃんと愛してきた」。

という事実だけは、大切にしてほしいな、と思います。

・・・とはいえ、そう簡単に思えないと思うんですよ。

今、シビアな現実があるだけにね・・・。

ただ、そこでとどまって、精神力だけで立ち向かうのも悪くないけど、苦しいかもしれない。

まずは、自分の気持ちを整えて。

もし、すでに自分の、そして相手の痛みを知りすぎているなら、そこからケアしていくことが大切なんじゃないかな、と思う次第です。

僕でよければ、いつでもサポートしますよ、というお話でした。

今日はここまで。

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恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 相談しなくても日常が回っている。でも、どこかしんどい。そんなとき、丁寧にあなたの生きづらさやお悩みをほどいていきます。 キャリア17年・臨床10,000件超。東京・名古屋・オンライン対応

ここまで読んでくれたあなたは、きっとずっと、一人で考え、頑張ってきた人だと思います。

本来は成し遂げたかったことがある。愛したかった人がいる。傷つけ合ったり、対立したくはなかった。

でも、上手くいかなくなってしまうとしたら、そこにもきっと善悪を超えた”理由”があるんですよ。

そして、あなたの中から「本当の気持ち」は消えていないんじゃないかな、と。

まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。

「愛しているのに、伝わらない。」
「このままでは、離れていってしまいそう。」
「恋愛や夫婦関係が、なんだかこじれてしまっていて。」」

こういうお話、カウンセリングでよく出てくるんですよ。

多くの方が「きっと自分に問題がある」「私が変われば関係も良くなるはず」と思いながら来てくださるんですよね。

そこまで自分と向き合おうとしていること、それ自体がすごいことなんですよ?ご存知でした?

ただ、その先の答えは・・・

あなたが今向いている方向とは、全く逆の方向にあるかもしれませんけどね。

その理由を一緒に見て、考えていきませんか。それが僕のカウンセリングです。

東京(品川駅前)/名古屋(金山駅前)で対面式カウンセリング・全国向けにオンラインカウンセリング(ZOOM)を行っています。

カウンセリングがどんな場所か、実際に来られた方の声も読んでみてください。

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そう思いながら週3回書いています。

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