「いい人は損をする」は本当か?|損させているのは優しさじゃない
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
*
「いい人は、損をする」
「私、いい人やりすぎて損している気がする」
そんなお話をうかがうことがあるんですけどね。
たとえば・・・
いつも彼に(彼女に)優しくしても、感謝されないんです。
気を遣っても、それが当たり前だと思わている気配があって、ちょっとムカついてます。
仕事で頑張っても、報われるどころか、なんか周りから軽く扱われる気がしてつらい。
・・・で、友達に相談という名の愚痴を言ってみると、真正面からこう言われたりする。
「だってさぁ、あんたいい人すぎるんもん」「もっとずる賢くなりなよ」と。
・・・ちーん、って感じになるあの感覚、個人的によく知ってますけど。
他にも、彼や彼女と別れ際に「あなたは優しすぎる」とか「私には釣り合わない」という、いい言葉風のサヨナラを言われ続けてここ数年、みたいな方もいますかね。
優しさって体の良い別れ文句に使うものじゃないと思うんだけどな。
優しすぎるからつらいって、そんなこと言われましても・・・。
みたいに思うし、でも、こんなこと繰り返したくないから、とカウンセリングの扉を叩いてくださる方もいますよね。
そこで今日は、この話の根底に流れる「いい人は損をする」を、ちょっと見つめてみたいと思います。
Index
そもそも「いい人」はそんなにダメなのか
まず、優しくすること、人のために動くこと。
これ自体が、損を生んでるんでしょうか。
僕は、そうは思わないんですよね。
優しくされて嫌な人って、あんまりいないですよね。
ま、いるとしたら、優しくされることで心の傷が疼くので辛くなる人、なのかもしれない。
優しさは、必要なものですし、いい人でいることで迷惑になることもあまりない。
損どころか、けっこういい仕事をしてるはずなんです。
じゃあ、なんで「いい人は損をする」なんて話になるのか。
ここはちょっと分けて考えたいんですよねぇ。
「いい人であること」と、「いい人で、いなきゃ、と思っていること」。
・・・この二つ、似てるようで、まるで違うんですよ。
「いい人でいなきゃ」の、「いなきゃ」が苦しい
ここでのポイントは「いい人で、いなきゃ」と思うことにあります。
「こうしないと、嫌われるかも」
「ちゃんとしてないと、必要とされないかも」
「断ったら、私の価値がなくなるかも」
・・・こういう、うっすらとした怖れ。
そして、その怖れが自らに突きつける、これらの言葉。
これが強いと、いい人でいることは損のように感じやすいかな、と。
純粋に「いい人でいよう」としていても、心のどこかで「これだけやったんだから、もっと安心できるはず」といった、自分が楽になりたい気持ちが混ざるんですよね。
ま。多くの人がそう思うわけなので、それが不自然だという話ではないんですが。
ただ、いい人でいることが「安心安全」を求める行動になりすぎると、それがうまく達成できないときにしんどくなるんですよ。
「こんなにやってるのにまだ怖い、不安だ」と感じやすいんですわね。
損してると思うのは「得たい何か」が得られないから
ここからが、大事なところなんですけども。
一般的に「いい人は損をする」と言われるのは、自己犠牲するから、いい人は上手く利用されるから、と言ったイメージで語られていることが多そうなんですよ。
ただ、実際にいい人をやってきた人にとっての損は、そこじゃなかったりするのかもしれない。
損してると思うのは「得たい何かが得られない」と感じるから、ではないでしょうか。
もちろんそれも期待の一つなんですけど、でも、その得たいものって一体何なのか?まで語られることは少ないのかな、と。
よく、「いい人でいることで見返りを期待しているから損をすると感じるんだ」という話も聞くのですけど、僕は「ほんとにそれだけ?」と思ってますね。
なぜなら、「そもそも得たいものが返ってこなければ、そりゃがっかりするだろうし、悲しくもなるだろう」と思うので。
じゃ、「いい人」が望んでいる「得たいもの」って何?という話なんだけど、ここは人それぞれで違うと思います。
ただ、自分にとってそれが欠乏している、と感じているものを得ようとするだろうな、と。
・・・何当たり前の話を書いてんねん、って話なんですが、まぁでもそうじゃないかな、と思いますよ。
心理学の言葉で言えば「心の安全感」「帰属感(社会や誰かとの関係性を得られている感覚)」「ロマンス(愛し合えている感覚)」「心の絆やつながり」などになるかな、と思いますけどね。
いい人をやって、できればそれが得たいと思ったのに得られない・・・としたら。
そりゃ報われないし、損してんな、と思うのは当たり前かな、と。
*
ただ、この「報われない」という気持ちって、けっこう厄介で。
報われないと思うと、どうしても被害者意識っぽい感覚を感じる。
すると、いい人であろうとする人ほど、その気持ちすら言い出せなくなる。
苦しい、しんどい、切ない、上手くいかない・・・・
そういった気持ちを抱えながら、納得できないし、しんどいままなのに、また誰かの前でいい人でいようとする。
ときには、パートナーの前ですら、無理を続けてしまう。
・・・これ、実は損してるという話ではなく、そもそも「自分が満たされにくい仕組み」の中に居続けていることなのかもしれないですね。
同じ「優しさ」でも、出どころが違う
ここまでの話、前にも書いたことと、つながるんですけど。
同じ「人に優しくする」でも、その優しさがどこから出てるか、で結果が変わるんですよ。
「してあげたい」という気持ちから出た優しさは、返ってこなくても、そんなに、すり減らないですよ。
やること自体で、もう、満ちてるから。
でも、「しないと嫌われる」という恐れから出た優しさは、すり減るんです。
外から見たら、どっちも「いい人」。
でも、内側はまるで違うわけですよね。
片方はあたたかくて、片方はしんどい。
・・・だから、「いい人は損をする」は、半分あたってて、半分ズレてるんですよ。
恐れから「いい人でいなきゃ」とやってる人は、たしかに心がすり減りやすい。
損した気になりやすい。
でも、それはいい人だからではなく、行動動機の影響です。
手放す対象は「いい人」ではなく「いなきゃ」のほう
だからね。「いい人をやめましょう」と、僕からお伝えすることはほぼほぼないんですね。
あなたの優しさは本物かもしれない。
そもそもいい人であることを捨てる意味もよく分からない。
無理にずる賢くなろうとして、らしくない自分になってしまって、結局辛くなってしまった、なんてお話を聞くこともありますしね。
手放すポイントは、「いい人でいなきゃ」の、「いなきゃ」の部分かな、と。
たとえば、「そうしていなと嫌われる」「ちゃんとしてないと、価値がない」。
その怖れと行動動機の方なんでしょうね。
要は、いい人でいても、優しくしていても、無理が続かないこと、すり減らなきゃいいんでしょ、と。
とはいえ、「いい人でいなきゃを」無理に「そうしたいからする」に変えようとしてもうまくいかなんですよねぇ。
なぜなら、この「いい人でいなきゃ」って、自分が生き残るための戦略ですから。
この戦略を「いい人でいたいからそうする」に変えるって、簡単ではないんです。
そこには、「そうやってでも、自分を守ってこなきゃいけなかった」という、あなたなりの事情が、あるはずなので。
むしろ、自分でどんな風に頑張って生きてきたのかな、という部分を丁寧に見つめること。
たとえば、「そもそもいい人でいる必要があったのかな」「いい人でいることにも意味があるんじゃないか」ぐらいから見つめていくと、本当はどんな自分でいたいのか、が見えてくる。
その結果、いい人も悪くないと思えるなら、多分そこまでしんどくない。
もしくは、自分って本当はこんなスタンスだったんだ、と気づけければ、そちらに近づいていくでしょうし。
無理のない自分でいることが結果的に着地点になるんだと思いますよ。
おわりに
「いい人は損をする」って、おそらく正確な話じゃないんですよ。
「いい人で、いなきゃ」と、恐れながら頑張ることが、あなたを、すり減らしてるだけ、なんてことは多いのかな、と。
むしろ、いい人自体が悪いとは言えないのではないか、と。
ただ、自分の心の奥あたりに、もし「そうしないと欲しいものが得られない」という恐れが隠れているなら。
そこを、一度、見てみてもいいのかもな、とは思います。
・・・とはいえ、内面に存在する怖れって、なかなか見えないからいい人でいなきゃって思うわけですけどね。
もし、そこにあるものを知りたくなったら、いつでもお手伝いしますよ。
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ここまで読んでくれたあなたへ。
「期待しないほうが楽なのかな」「職場にいづらいな」「私って人と違うのかな」
そんなことを、なんとなく考えながら読んでいた方もいるかもしれませんね。
それ、軽い悩みのようで、案外ずっと一人で抱えてきたことだったりしませんか?
一人で抱えている人ほど、自分に厳しく、他人に優しい。
そんなこともあるのかもしれませんね。
でもね、そのしんどさの根っこには、必ず愛や優しさがあるんですよ。
だから、もし何かあったとしても、自分を無理に追い込まなくていいんですよ。
まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。
たしかに悩んでいることはある、けれど相談するほどのことでもない。
そう思えるのはきっと幸せなことなんですよね。
自分でなんとかなる、どうにかできると思えるって素晴らしいことですから。
でも、もし、あなたが一人で抱えきれなくなったなら、これ以上自分を追い込まないでほしいなと願っていますよ。
一人で抱え込まなくていいと思えるだけでも、問題解決の道筋が見えることもありますからね。
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