恋愛・夫婦の心理学

加害者意識と乗り越えていく許しのプロセス

加害者意識(自分は毒である)という感情

いわゆる被害者意識と加害者意識を解消すること。

これは自分自身の生きにくさの解決に重要な要素の一つです。もちろん恋愛・夫婦・対人関係など、さまざまな問題をいい方向に導くことを考えるときにもかなり使える考え方です。

被害者意識にハマると、自分で幸せや豊かさを選ぶことが難しくしてしまいます。
加害者意識にハマると、自分から幸せや豊かさを選ぶことが難しくなります。

ん?これって同じじゃないの?と思われるかもしれませんが、随分ニュアンスが違いうんですね。

被害者になると自分で問題を解決できない感覚に囚われ、加害者になると自分が幸せになっていくこと自体に抵抗を感じてしまうものなのです。

今日はなかなかブログでまとめることがない「加害者意識」の話にフォーカスしてまとめてみようと思います。

よろしければどうぞ。

 

加害者意識は「自分は誰かを傷つけている」という感情

加害者意識があると、感じたくない強烈な感情を感じます。

例えば、加害者である自分は許されない、意味がない、罰されるべきだ、と感じる罪悪感。

なかなか自分を許せず、責め続け、時には実際に自分に罰を与えるような行動動機となることもあります。

いわゆる「自分には力がありません」と感じる被害者意識よりも強く「自分は他人に悪影響を及ぼす毒だ」と感じることになり、時には激しい葛藤や苦痛をもたらします。

「自分は大切な人を傷つけた、許されない、償いきれない」
「自分なりに頑張ってきたけれど自分は誰の役にも立たないのか」
「こんなつもりじゃなかったのに、どうして」

どこか自分に絶望してしまう感じ、に近いとも言えるでしょう。つい自分の存在自体を疑い続けてしまうことになります。

その結果、自分を良いものだと思えなくなる分だけ、現実で自分に良いものを許さなくなります。

例えば、燃え尽きるように休まない、ハードワークを続ける、ジャンクフードばかり食べる、食事を取らないことが増える、自責の念ばかり感じる、人の助けを求めない、病気になる、問題ばかり起こる、といった状態になることが少なくないです。

また自分を愛することもしないですし、愛する人のそばにいることも遠ざけ、一人になりたいと感じる人も少なくないものです。自分が一人になることで、罪悪感をとりあえず感じないように抑え込むことができるからですね。

 

そんな方の気持ちの奥底には、誰かを幸せにしたい、喜ばせたい、笑顔にしたい、という気持ちが存在しています。

僕の経験上、強い加害者意識で悩まれている方は、誰かを喜ばせようという思いが強く、そのように実践しようと努めてきた方が少なくないんです。

ときには自分の欲求を横に置き、誰かのために貢献したこともあるのでしょう。
誰かの喜びが自分の喜びだという信念を持ちつづけてきたのでしょう。
実際に、自分から行動し考え、真心を尽くして来られた方も少なくないのでしょう。

しかし、それでも「問題」とよばれるものが登場すると、「なぜこんな状況になったのだ」と考え込んでしまうわけですね。

自分なりの善・愛を選んできたつもりなのに、どうして、と。

そんな状況に陥ると、仲間や家族から「それなりに頑張ってきたじゃない」などと言われても全く受け取る気にはなりません。

むしろ自分の罪悪感を遠ざけることで必死になり、自分に苦痛を与えようが、大切なものを遠ざけようが、あまりに苦しいときは誰かを傷つけていようが、そこはお構いなしに、今の自分の感情から逃れようとすることも起きるでしょう。

次第に、どんどん感情が麻痺して「何も感じない」という状態になる方もいます。

何を食べても美味しくない、何をしていても楽しくない、希望を感じない、やる気が出ない、やるべきことしか見えない、意味が見いだせない、などなど。

 

また、加害者意識で苦しむ人の中には、ひどい無力感を感じて苦しみを抱えている方もいます。

先にも書きましたが、いわゆる加害者意識で苦しむ人は、そもそも愛情を感じられない人ではなく、人を慈しみ、大切にし、誰かのために貢献したいという意識を持っている人が多いのです。

だからこそ、加害者意識を持つと、自然と「愛せなかったという無力感」を感じることが多くなります。「自分なりに考えて生きてきたけれど、そこには何も意味をなさなかったのか」といった感覚を感じさせ、自分にひどい嫌悪感を向けることにも繋がります。

これが加害者意識で苦しむ人にとって、最大の苦痛をもたらすものだろうと僕は考えています。

 

例えば、家長である自分が仕事を失ってしまったという事例。

仕事を失うにはそれなりの要因があるだけなのですが、結局仕事を失う無力な自分を許せず、かつ家族に不安や迷惑を与えている自分が毒だと思うというダブルパンチ状態になる。その結果、いたたまれなくなってしまい、もう一人になりたいと考えてしまう人がいても不思議ではありませんよね。

例えば、自分からパートナーや仲間を裏切ってしまったという事例。

本当はこんなことをするはずじゃなかったし、自分のことも信頼できない。しかしどうパートナーや仲間に償えばいいのかもわからない。一体、自分は何をしたくて生きているのか、今までの自分は一体何だったのか、ぐらい考えてしまうこともあるかもしれませんよね。

 

ここで出てくる罪悪感は、自分が毒だという感覚だけでなく、自分は無力で意味のない存在だという「無力感」と重なり、とにかく力が出ない、やる気が出ない、目の前の現実と向き合う勇気を持つことも難しい、といった感覚をもたらします。

何をやっても無駄だ、と感じるのもこの状態。

本来は貢献意識も愛情もあるわけですから、誰かを傷つけた、裏切ったという行為で、自分がなんとも無力で、情けなく、誰かを苦しめている自分は、どうやっても許せなくなります。

だから、「そもそも自分だけ可愛がるなんてことはできない」と感じる人も多く、自分を許さず、自分を責め、大切な人から自分を遠ざけようとします。

その結果、自分と関わる人すべてが、バラバラになってしまう、といった現実を迎えることも少なくないんです。

先の例ですと、仕事を失った自分が家族の元を去る。パートナーを裏切った自分から一人になる、といったように。

冷静に考えてみれば、誰も幸せにならないし傷つく現実しかないけれど、そうするしかない、と考えてしまうわけですね。

それほどまでに罪悪感や無力感を感じていることが苦しい、ということなのでしょう。

だから、加害者意識で苦しむ方、特に本来は誠実で自分なりの強い良心・信念をお持ちの方ほど方ほど、映画スター・ウォーズでいうところの「ダークサイドに堕ちる」ようなイメージで、どんどん自分を毒に染めていく場合もあります。

急に冷たくなったり、暴言を吐いたり、悪い態度を取るようになったり。

そもそも自分が毒ならば、毒であることや無力であることで苦しまないだろう、といった思いを持つ方もいるかもしれません。(実際にはかなり大きな代償を払うことになるのですが)

だから、ひどい加害者意識を感じると、「もう二度と自分本来の姿に戻ることはできない」と物事を諦めてしまう人も少なくないものだと僕は思っています。

「できるなら人生のリセットボタンを押したい」「自分の人生を仕切り直してリスタートしたい」という気持ちになることもあるでしょうしね。

ただそれは、今までの自分の志・信念、良心や愛情を否定するプロセスそのものなんです。

だから、人を思う気持ち、慈しむ気持ちを持つ人ほど、もう決して自分は許すことはない、と頑なな思いを持たれるものなのでしょうね。

よって僕は最初に「加害者意識にハマると、自分から幸せや豊かさを選ぶことが難しくなります」と書いたわけです。

ただ、カウンセリングなどでその心情を伺うと、僕なりに理解できる気がするのです。その苦しさ、そして自責の念を感じるたびに、なんとも言い難い気分になることも実際にありますよ。

 

もう苦しみたくないという気持ち

加害者意識を感じていると、どうしても「もうこれ以上苦しみたくない」という気持ちを感じやすくなります。

「被害者意識」によって感じる苦痛とは全く別の、強烈な罪悪感と無力感と自分への疑いをミックスしたような感覚を感じるので、まるで「もう死んでしまったほうが楽になれるのではないか」ぐらい感じることもあるでしょう。

だからこそ、どうしたらいいかわからない、自分の気持ちは誰にも話せない、と感じるものなんですよね。

自分の過ちを反省することはできても、「自分が無力で、情けなく、誰かを傷つけた」という思いを、誰に分かってもらいたいと思わないのです。

むしろ、今の自分が罰される、人に批判されるのではないか、という思いのほうが強まるでしょうしね。

ただ、そのままの自分でいると、今後なにか問題が起きたとき、無力感と罪悪感のダブルパンチに襲われ続けることになりかねないんです。

自分を疑うことはできても、信じることが難しくなりますし、自尊感情〜自分は誰かの喜びである〜という感覚を感じにくくなってしまいます。

だから、どれだけ仕事で立派な成績を収めても、どれだけパートナーのことを大切にしても「自分が心から喜びを感じられない」といった状態に陥りやすいんです。

他者からの承認を受けても全く喜べなかったり、物事に喜びを感じられなくなったり、毎日を時間を殺すように生きるようになったり、といった息苦しさも感じるようになります。

いわば、自分の人生から喜びという感覚が消えるんです。

(※ただ、この「喜びが消える感覚」そのものが問題かどうか、その判断は人それぞれなんだと思います。そもそもそれが悪いことだと判断することは相当に難しい話だろうと僕は考えています。)

ただ、もし自分の今後を考えたときに、やはり誰かや社会に貢献し、喜びを感じながら生きていきたいと思う方がいらしたら

「この加害者意識の罠からは抜け出したほうがいいですし、そのサポートはさせていただきますよ」

とお伝えしています。

「あなた自身が喜び、その命を輝かせるために自分を癒やすことを考えてみてくださいね」とお伝えすることも少なくないんです。

 

が、実際に「今後の自分のために何をどう選択すればいいか」が見えなくて、思考の迷路にハマることも少なくないと思うんですよね。

とにかく今が苦しいこと、そして深層心理では「そもそも喜んではいけない」という罪悪感や無力感の影響が強いので、なかなか自分を許すこと自体が難しい状態になることも少なくないのです。

だから、つい喜びがないとしても、もう今の感情を感じていたくない、と一人になる人がいても不思議ではないな、と僕も思っています。

 

加害者意識を癒やすモチベーションを作れるまで自分を癒やすこと

加害者意識を強めて苦しい思いを感じているときは、できればより大きな「目的」を持つ必要があるとも言えます。

何かしらの目的、それはヴィジョンとよばれることも多いものですが、目的を持って自分を癒やし、この苦しみから抜け出すのだ、というモチベーションを高めておかないと、罪悪感や無力感を受け入れることはおろか、今の現実を乗り越えて自分を表現することも諦めてしまいやすいです。

だから、この加害者意識の強まっているところでは「かりそめの平和」と僕たちが呼んでいる、「喜びもないけれど、苦しみもさほど感じない平和感」を求める人が多いんです。

つい「もう自分はこの程度でいい」と思ってしまうものなんですよね。

だから、自分を諦めず素晴らしい自分を取り戻すには、それなりの勇気が必要にもなります。

ただ、本当に勇気を持って前に進むとしたら、そこで得られる恩恵は今までに感じたことがないほどの大きなものとなることが多いんです。

 

とはいえ、強い加害者意識を感じているときほど「何をやってもダメ」と感じるもの。

だから、いくらモチベーションを持って、目的(ヴィジョン)をえがいて、と言われても(誰かに急かされても)まぁその気にはならないことも多いのではないでしょうか。

そんなとき僕は「まぁまぁ大まかな目的は持って置かれたほうがいいでしょうが、明確に今後の目的を持てるようになるまで、自分を見つめたり、誰かに自分のことを話しながら気持ちを整理していかれるといいですよ」ともお伝えしています。

もちろん僕はそのお話の相手役をさせていただくことも多いんですけど、このプロセスもとても重要なものだと感じています。

まぁ、僕たちはいつでも、何でもかんでも自分と向き合えるわけでもないですし、そんな自分がいてもまぁ普通といいますかね。

特に強い加害者意識や絶望を感じているときに、さぁ前を向け、夢を見ろって誰かに言われてできるなら、そもそも悩んでないですよね。

むしろ、できると思って自分一人で考えて、頑張って、逆に空振る(自分は何も変わっていない)ことも少なくないもの。(それぐらい罪悪感は巧妙に自立したほうがいいと感じさせるんですわ)

だから、じっくり話すことで自分の気持ちを整理する時間ってとても大切だと思うのです。たとえ今から半年、1年かけて見つめ直しの時間をとっても、半年、1年後に気持ちが整理できて前向きになれているなら、それは大きなメリットになるのではないでしょうか。

怖いのは今の状態が長く続くことじゃないですかね?って脅すつもりはないですよ、ただのご提案なんですけどね。

 

罪悪感と無力感と疑いの罠を超えるために

あまりにひどい加害者意識があり、実際に傷つけた当事者がいるなら、まず謝罪が求められるでしょう。

ただ、そこにいつまでも固執していては前には進めません。

稀に「あなたのせいで傷ついた」と何度も責めてくる人もいるかもしれませんが、自分が誠心誠意謝罪し、できる補償もしたのであれば、まずは一旦それまでと考えてみましょう。

特に加害者意識で苦しむ人ほど、本当に申し訳ないことをした、と強く感じるので、自分の過ち・罪はそそがれないと感じてしまう人もいるでしょう。

しかし、自分がいつまでも加害者意識を持っていると、それだけで向き合う相手は自分によって被害者、もしくは加害者になりつづけてしまいます。

そう、あなたと関わる人、目の前の相手も苦しむことになるのです。罪悪感や無力感が強いと、ここを見逃してしまうわけです。

もし、本気で大切な人、目の前の相手のことを考えるなら、いつまでも加害者意識(罪悪感・無力感)を選び続けるのではなくて、手放すことを考えることです。

絶対に手放して、今をしっかり完了させる、と決めることです。

そう決めたら、一歩前進できるでしょう。決めるには勇気が必要かもしれませんし、必要なら誰かのサポートを受けてみてください。

そして「加害者意識を引っ張り続けることも、自分と誰かの苦しみを続けることになる」と理解してみてください。

そしてもし「加害者意識」をどうにもできないと感じるなら、自分にできることはたった一つ。

その加害者意識を人への理解や優しさに変えて、人に与えることです。それぐらいしか使いみちはない、そう考えてみることです。

次は「許し」です。

強い加害者意識が出るということを心理的に見つめると

「自分の中に絶対に許せない・受け入れることができない人(観念)が存在している」

と考えることができるんです。

一言で言えば「あんな風にはなりたくない」と思う人(観念)がいるということ。

しかし、今度は自分がなりたくない自分になってしまい、それが許せず苦しんでいる人は多いものです。

例えば、稼ぎを失い家族に迷惑をかける人、パートナーを裏切り傷つける人、親のようにはなりたくないと思っていた、などが代表的なものですね。

この心の影、自分の中で生き残れなかった自分の要素を受け入れることがポイント。

もし、自分が嫌い、憎み、攻撃性を向けている人(観念)がいるなら、その人を理解し、許すことです。

今までこだわり続けていた自分なりの正義(正しさ)は、深層心理下にある自分の間違いを覆い隠すものとして機能していた(ようだ)、と考えてみるのです。

そして、自分からその許せない人を許すことなんです。

それは今まで自分が愛せないと感じていた人(観念)を受け入れ、愛するという偉大なチャレンジそのものです。

このプロセスはたしかに最初はとても苦しいです。許すと決めるだけでも葛藤するでしょう。

ただ、本当に受け入れる、許す、と決めると、スーッと心が楽になっていきます。葛藤が溶け、人を責める気持ちを手放せる分だけ、自分を許すことができるんですね。

こうなって初めて分かることがあるんですよ。

それこそ「自分の中にどれだけ忌み嫌う自分がいたとしても、それでも自分を愛してくれた人がいた」という事実に。

これは「今まで自分は間違ったことはしていない、良心に従って生きてきた、なのにどうして」という気持ちの向こう側にあるものです。

ここにたどり着ければ、「どんな自分をも愛し、許し、慈しんでくれた人」の存在を感じることができるようになるんですね。

それは、親かもしれないし、祖父母かもしれない。親戚、仲間、先輩、上司、同僚、いろいろな人が実際にいたはずです。

その人達の記憶を思い出して、心から感謝していくことで「自分が許され、支えられてきた」ことが腑に落ちるでしょう。

そこでは「その人が自分のことをどう見つめていたのか」も分かるようになりますよ。

ここまで来てようやく「受け取る」ことが実践できるようになります。

 

確かに僕たちは、自分の正義(正しさ)に従い、人を受け入れて生きてきた事実があります。

ただ、その自分の強さだけでなく、弱さも愛し、自分の過ちを許し受け入れてきた「他人」がいるのです。

知らないうちに、僕たちはその人達の愛に包まれて生きている。

しかし罪悪感はその愛を自分への罰に変え、愛してもらう資格などない、と感じさせます。

無力感も同じ。こんな無力な自分が愛されていい筈がない、と感じさせるわけですね。

これが僕たちの限界なんです。どうしても強い加害者意識を超えるには、人の愛が必要になり、一人ではその先には進めないものです。

この話、きっと多くの愛深き女性の皆さんはご理解いただけるはずですよ。好きになった人がいるならば、どれだけの愛を持ってすべてを受け入れようと思うのか、という感覚は分かっていただけると思うのです。

その自分に気づいてもらえないから苦しいんですよね?

だとしたら、あなたに向けられたそれ、あなたも受け入れてみてください。

人の愛を受け入れることもまた、とても大切で欠かせないことだと理解できるのではないでしょうか。

もう自分では自分を許せず、愛することも認めることもできない。

僕たちの努力、貢献、良心、愛情、人への思いやりなどを使い果たしても、現実が変わらない。

そんな自分の「限界」を迎えたとき、できることはそんなに多くありません。

もしそんな現実に打ちひしがれたとき、自分にたった一つだけ残された「自分が今できること」は、いわば白旗を揚げること、全面降伏なんです。

もうみすぼらしくてどうしようもないと思う自分を、自分が信頼し、本当に愛してくれていると感じる人に差し出すことです。

すると、あなたが今まで誰かを愛してきたように、誰かの弱さを許してきたように、誰かもまたあなたのことを愛し、許そうとしていることに気付けるものです。

(※だから、もしあなたの大切な人が苦しんでいるときは、まず自分を癒やして、相手を受け入れる覚悟を決める必要があるってことなんです。僕が「相手のことを愛したいなら肚をくくってね」と話すのはそのためなんですよ。)

確かに愛や思いやりを持った自分は偉大です。ただ、それは自分以外の誰かにとっても同じことが言えるはずですよね。

あなたは素晴らしい存在です。

だから、他の人も素晴らしいのです。

ここ、ここに気づけるかどうかなんです。

これが強い加害者意識をを超えていくために必要な気づきです。

自分の周囲にいる人達がいかに素晴らしいかを感じ取ることなんです。

だから、いつも罪悪感や無力感の罠にハマりやすい僕たちは、どれだけ罪悪感に魅力を感じているのだろうか、と僕は考え込むことがありますよ(僕自身のことについてですけどね)

しかし、本当に気づくべきは愛であり、許しであり、価値。

今日も長々と書きましたけど、加害者意識の苦しみを超えていくために必要なのはそれだけ、と言えるんですよね。

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