こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今回は、読者の方からいただいたご質問をもとに、
SNSで「友達が仲良くしている様子」を見てつらくなるとき、
心の中で何が起きているのかを、できるだけ丁寧に言葉にしてみます。
SNSって、便利なんですけどね。
便利な分だけ、見なくていい景色も、見えてしまう。
そして、見えてしまったものを、頭では「気にしなくていい」と思っても、心はそう簡単に止まってくれない。
今日は、そういう話です。
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いただいたご質問はこちら
浅野寿和先生への質問です
はじめまして。先日ブログを拝見して心を打たれたので思い切ってメッセージを送ります。
私はSNSを見ていて傷ついてしまいます。
先日もSNS上で、自分の趣味に関わる人達が仲良くしている様子(私の尊敬する人たちと苦手な人たちが仲良くしている様子)を見てしまい、落ち込んでしまいました。
私がその輪に入れないこと、私の尊敬する人に苦手な人が近しいことが受け入れられないのだと思います。
なぜ受け入れられないのかというと、私は尊敬する人たちの才能や人柄に執着しているからだと感じています。
私は自分に才能がない、魅力がないと常々思っているので、自分の価値を他者に見出そうとしてしまいます。
「才能のある人たちと交流している私には価値がある」と自分を評価したいのです。
逆に言うと「才能のある人たちとうまく交流できない、見向きされない私は無価値だ」とも思ってしまいます。
自分を評価してくれる「才能がある人たち」がいる趣味の場に自分の価値と居場所を見出し、依存してしまっています。
自分としてこの執着をどうしたら切り離せるのか、自分を自分で満たせるようになるのかがわかりません。
どうしたらよいのか、アドバイスをいただけたら嬉しいです。
ネタ募集ネーム:もこさん(一部編集させていただきました)
SNSで友達が仲良くしているのを見るとつらいとき、まず起きていること
ご質問ありがとうございます。
もこさんのテーマをまとめるなら、こういう感じかな、と思います。
SNSで友達が仲良くしている様子を見ると、「自分の居場所が消える感じ」がしてつらい。
ここ、ポイントは「孤独」ではなく、
「自分の居場所が急に消える感覚」に近いのではないでしょうか?
具体的には、こんな心の動きが起きがちです。
- 見てしまった瞬間、胸が冷える(またはザワつく)
- 「楽しそうだな」と思う前に、「自分は入れない」が先に来る
- 自分の価値が下がったような感覚になる
- 相手を責めたい気持ちと、自分を責めたい気持ちが同時に出る
- 苦手な人が関わっていると、余計に嫌悪が強まる
これ、気合いと根性で止められ・・・ない。
そんなケースも多いと思いますよ。
なぜなら、何かしら影響している「感情」があり、
自分の「位置(立ち位置)」がグラグラ揺れているからです。
「輪に入れない」ことがつらくなる、本当の理由
「友達の輪に入れないのがつらい」って、表面上は疎外感の話に見えます。
また、友達の輪に入れないのは「自信がないから」という考え方もできます。
「友達関係を築くソーシャルスキルがもう少しだけ必要」というケースもあります。
ただ、今回のご質問を読ませていただくと、
こういうことが起きているのかもしれません。
「人の輪に入れる/入れない」が、心の安全を脅かす指標になりすぎている。
「安心して関われる場所」が、SNSの様子で一気に揺れている感覚を覚える。
もこさんは、そこを言語化してくれていますよね。
「才能のある人たちと交流している私には価値がある」と自分を評価したいのです。逆に言うと「才能のある人たちとうまく交流できない、見向きされない私は無価値だ」とも思ってしまいます。
これ、
「才能のある人たちとの交流が自分の価値証明」という見方もできるのですが
もし、本当にそれだけなら、
シンプルに”めっちゃ嫉妬して終わり”のような気が僕はしています。
SNSは、他人の日常や関係性の“証拠写真”を毎日流してくるわけです。
これが「何を意味しているか」なんですよ。
SNSで友達が仲良くしている様子を見るとつらいとき、
実際に起きているのは、
自分が安全に生きられる感覚が、他人のSNS投稿によって揺らされている構図
なのだろうと思います。
だから、
安全を確保するために、価値のある人たちの輪に入りたい、と思うのかもしれません。
これ、ちょっと嫌な言い方になっちゃいますが、
自分目線で”価値のない人”と関わっても、心の安全は確保されない。
そんな経験がおありになるのかもしれませんね。
もちろん、そう感じてしまうにも事情があるよね、という意味ですよ。
苦手な人が関わっていると、なぜ傷が深くなるのか
さて、次は「苦手な人が関わっていると、なぜ傷が深くなるのか」という話について。
ここも重要です。
「友達が仲良くしているのがつらい」だけなら、まだ耐えられることもあります。
でも、
自分が苦手な人が、尊敬する人に近い関係にあること。
これが入ると、一気にきつくなるんです。
もちろん他人が誰と付き合おうと自由、と分かっているんです。
でも、心がモヤる。
その理由は、心の中でこういう動きが始まる事が多いのです。
- 私はあの人(尊敬する人)を大切に思っている(近づいて安心したい)
- でも、苦手な人もその人に近い(危機感を煽られる)
- しかも、その人は苦手な人を受け入れている(え、私が近づけないじゃん)
- すると、「私の価値」や「私の立場」が揺れる(結局私は一人・・・)
だから、尊敬する人が苦手な人と仲良くしているのを見ると、
「求めていた安全な世界がなくなった気分がする」。
それが苦しい。
この現象って、
“素晴らしい人への尊敬”が強い人ほど、起きやすいのかもしれません。
まぁ、強いて言うなら、
「尊敬できる人や、その人の世界を、ある意味で理想化している」
とも言えるのですが、
逆に言えば、それぐらい”その世界に安心と希望を見出している”とも言えるのかな、と。
安心できる居場所を探しているほど、SNSはつらくなる
いただいたご質問には
「自分に才能がない」「魅力がない」と感じている、
と書いてくれています。
確かにこの感覚が強いと、心はこういう場所に価値を置きやすくなります。
- 誰と繋がっているか
- 誰に認められているか
- どの輪に属しているか
つまり、価値を「自分の内側」ではなく、関係性(外側)に置いてしまうんですね。
ただ、これって才能や魅力がないと感じるから起きる、とは限らないのです。
自分の心が「安心・安全な場所がないよ」と感じているときにも起きるのです。
すると、SNSはどんな意味を持ち始めるか?
毎日「自分の価値の採点表」になるだけでなく、
「心の安全に関する天気予報」みたいな情報を流してくる場所になります。
「今日は結構やばいっすよ、あの人、苦手なあの人と笑顔でスイーツ食べてるから、危ないからもうSNS見ない方がいいし、誰とも会わないほうがいいっすよ」
「今日は人間不信感を煽られまっせ。いつも仲いい友達のAちゃんは、私の誘いを断ってBちゃんと遊んでます。ね、もう泣きたい気持ちMAX警報発令中です。」
だから、SNSで友達が仲良くしている様子を見るとつらいとき、
あなたが弱いから、繊細だから、という要素も影響している可能性がありますけど、
自分の価値と安心感の置き場所が、外側に寄りすぎてしまっている
という構図になっていることが多いんです。
対処法は「SNSをやめる」ではなく「立ち位置を戻す」
こういった状況になったとき、
シンプルに「SNSを見ない」ことで気持ちを安定させる方法もあり、です。
これは僕もよく使います。
見なきゃ影響されない、というシンプル・イズ・ベストな方法ですしね。
ただ、そう入っても見てしまう。
そんな中毒性がSNSにはあるのかもしれない。
あと、見るなと言われると見たくなる、「禁止の心理」の影響もありますしね。
大事なのは、ここです。
「誰が誰と繋がっているかで、安心・安全感を推測する”位置”から降りる」。
そのために、現実的に使えそうな方法を3つ書きます。
1)「つらい」を理屈で止める前に、まず認める
まず、ここで変に大人ぶらないことです。
- SNSで友達が仲良くしているのを見るとつらい
- 輪に入れない感じがして落ち込む
- 苦手な人がいるとさらにきつい
そう感じているなら、そうなんです。
それはもう否定しなくていい。
そう感じる自分も自分だよね、辛いね、とサラッと認めましょう。
もちろん一人で気持ちを抱える限界だ、という場合は、信頼できる人に安全な場所を使って、今、話せるだけの気持ちを聞いてもらってください。
(えーそれはやだ、と思う人ほど話したほうがいいかも?ずっとそうしてきませんでした?)
その上で、次に進みます。
2)「私は何を失った気がした?」を言語化する
ここがポイントです。
SNSで見た“景色”そのものが問題ではなく、
その景色で「失ったと感じたもの」がポイントなのです。
たとえば、こんな問い。
- あの投稿を見て、私は何を失った気がした?
- 何を奪われた感じがした?
- 自分の価値は、どこで揺れた?
・・・僕はここまで「安全感が失われた」と書きまくっているわけですけど(^^;
あなたなりに感じた率直な気持ち。
ここを言葉にできると、SNSで受ける心の揺れの幅は少しづつ減る方向に向かうかもしれません。
これは、「相手の世界」ではなく「自分の内面」を見られる位置に戻るからですね。
本当は、
「そこまでSNSで揺れる安心・安全感の欠如を、現実世界で整えられないか」
みたいな視点も重要なんですが、それは個別セッションの話として扱わせてください。
3)「尊敬」を、自分の価値の証明のブリッジに使わない
あなたにとって尊敬する人がいるのは、素晴らしいことです。
でも、その尊敬を
「自分の価値の証明するための人間関係のブリッジ」
として使い始めると、尊敬できる人と仲良くできても、苦しくなります。
自分の立ち位置が変わらないからですね。
「尊敬できる人がいなくなったら元通り」みたいな。
なので、ここを少しだけズラします。
「尊敬する → 心から相手のすばらしさを見て謙虚に学ぶ」
「尊敬する人に認められたい」をゼロにしろ、という話じゃありませんよ。
ただ、認められたい気持ちが強いほど、
相手の反応で気持ちが揺れる位置に立ちやすいのです。
まぁ、人ってそんなもの、といってしまえばそれまでですけど(^^;
ただ、今はちょっと意識してそこから少し降りてみる。
すると、尊敬できる人を
「近づいているときはいいけど、離れていくと私を傷つける人」
にしなくて済む。
・・・これ、友達に対しても同じような感覚を抱いていません?
ここが「お互いが気持ちよくで関われる人間関係」の現実的な入口です。
こちらの記事もどうぞ
- 元カレのSNSで観察し続けてしまう理由|なんでこんな子が?が止まらない!のは立ち位置のズレ
- 期待しないトレーニング|人に期待しない考え方・方法を身につける心理習慣
- 対人関係で生じる自己犠牲が関係性を壊してしまう 〜対人関係と自己犠牲の心理〜
まとめ
今日は、
「SNSで友達が仲良くしている様子を見るとつらい」
という悩みを、心の構造として整理しました。
つらさの正体は、ざっくり言うと、
自分の価値の置き場所が、関係性(外側)に寄ってしまうこと
そして、それがSNSによって“可視化”されてしまうこと。
だから、やるべきことは、
相手を責めることでも、自分を責めることでもなく、
「自分の立ち位置」を戻していくこと
なんだと思います。
もし、このテーマが刺さったなら。
あなたはきっと、誰かを大切にしたい人です。
だからこそ、関係性の景色に揺れる。
その揺れは、整えられます。
大げさなことをしなくても、少しずつ。
今日の内容が、何かのヒントになれば幸いです。
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- 考えても考えても同じところを回っている
- 自分の感覚が、もう一人では掴めない
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必要だと感じたタイミングで、ご覧ください。

