こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和でございます。

今日は忍耐女子シリーズのテキストでございますね。

テーマは「愛のつもりが、実は罪悪感から動いていた」という、なんとも「おまえに言われたくないよ」的な余計なお世話感満載の話でございます。

「彼や彼女のことは好きだと思うし、よい関係になりたい。なのに、なぜかしんどい」

そんなお話は僕のカウンセリングの中の定番テーマのようなものでして。

カフェでいうところの「ラテ」や「エスプレッソ」ぐらい定番感のあるテーマなんですよ。

なので、この手の(言ってしまえば罪悪感系の)カウンセリングはめちゃくちゃ得意になってしまっているんですね。(なってしまった、という表現もアレですが・・・。)

ある人からは「浅野さんは罪悪感に強すぎる」という、褒め言葉なんだかどうなんだか分からない言葉をいただいているところです。

まぁ、僕が罪悪感に強いということは、今、自分が悪いかも、自分に何かが足りないかも、と思う人ほど、僕と向き合うのが怖いってことですね。

でも本当は、罪悪感が「こいつヤバいからやめとけ」と言っているだけかもしれない。

そりゃそーっすよね、罪悪感からしたら、僕はお洗濯の漂白剤ならぬ、罪悪感の漂白剤みたいな存在ですからねぇ(笑)

・・・もとい。

「好きだし一緒にいたいけどしんどい」

この感覚は非常に困惑します。

離れたいの?と聞かれると、そう思うようでそう思えない。

今の関係をこのまま続けたい?と聞かれると、その気持もありながら、でも違う気もする。

この曖昧でもやもやしてはっきりしない感じ。

よって、相手が結婚していたがっていても、同棲していたがっていても、なんか違うし、今のままでいい気もしつつ、でも今のママが絶対にいいとも思えない、という宙ぶらりん感がやってきます。

この感覚を知っている忍耐女子さんは「私って優柔不断なだけなんでしょうか」なんておっしゃってくださいますけどね。

・・・実は、ここがミソでして。

言い方はアレですが、いわば「中途半端感」が出ているときほど、罪悪感が蠢いていることはないんでございますな。

罪悪感自体はあなたの中で感じるもので、そこに人格などないのですが、あえて人格をもたせるとしたら、

「あなた自身を消したくはない、活かしておきたい、けれど、幸せにはならなように仕向ける」

という部分が罪悪感の戦略なんですなぁ。

よって、罪悪感はとても宙ぶらりんでスッキリしない感覚をもたらすことがある、というわけです。

そこで、そんなことを感じたことがある忍耐女子のみなさまに向けて、今日もいちいち重箱の隅しかつつかないようなテキストを書いてまいろうかと思います。

寝る前に読むと寝れなくなるリスクがあるので、その前にゆるりとご覧ください。


パートナーシップでの罪悪感は「幸せになるな」と言っているのか

さて、今日はまず罪悪感の話を続けましょう。

罪悪感というのは、ざっくり言えば「私は何か悪いことをした(している)」という感覚です。

ただ、忍耐女子のみなさまの罪悪感はもう少しやっかいで。

「別に悪いことをしていない」のに発動する罪悪感があるって部分なのでございますよ。

たとえば、

自分のことを大切にしようとすると、罪悪感が出る。

自分が幸せになろうとすると、罪悪感が出る。

「もう少し楽にしてもいいのかな」と思うと、罪悪感が出る。

冷静に考えると「なんでやねん」という話なんですが、そう感じるものはしゃーない、とう話なんですね。

どうしてこんな事が起きるか、というと・・・。

実は、長い時間をかけて「こういうときは罪悪感を感じるもの」と学習してきた。

そんなケースが多いんですよね。

たとえば・・・

自分のことばかり考える人間ってのはロクでもない。

自分の幸せばかり希求して、他人に迷惑をかける人間なんて外道だ。

ラクしたいばかり思う人間って、基本ダメだよね。

みたいな。

人間、繰り返し経験することは、無意識に「これが普通だ」と思うようになるものでして。

「私が幸せになろうとすると、なんか悪い気がする」という感覚も、長年かけて積み上がってきた学習なのでございますね。

だから、まぁそういった事情があるなら、その罪悪感は成立しますよね、という話。

いい悪いの話ではないってことなんんです。

ここで、正解不正解の話をするとすぐ罪悪感的発想に飲み込まれるので、忍耐女子の皆様にも頑張っていただきたいわけでございますな。

「で、何が正解なの?」と考えた途端、不正解や間違いという概念ができる。

ここが結構この話を扱う上での厄介な点なんですよ。

ま、白黒ハッキリつけたほうが話は分かりやすいんですが、分かりやすい=幸せとは限らんのでね。

 忍耐女子が「この人で決めていいのかな」から抜け出せない理由

さて、ここからは先に書いた「罪悪感が宙ぶらりん感をもたらす」という話をしましょう。

気合の入った忍耐女子のみなさま、こういうご経験はございませんでしょうか(丁寧に書いているということは、これから余計なことを書くという前触れです。)

「この人のことは好きだし、きっといい人だと思う。でも、これで決めていいのかな。」

「もしかしたら、もっと自分に合う人がいるんじゃないか。」

「今この人と進んで、後で後悔したらどうしよう。」

この「決められない」感覚、優柔不断と言われれば優柔不断なんですが、実はもう少し別の角度からも眺められる話なんですねぇ。

罪悪感が強いとき、人は「幸せになること」に対してブレーキを効かせます。

いわば、幸せになりそうになると「ビタ止め」するわけです。

その技術はぜひパチスロで使っていただきたいと思いますが、パチスロを知らない人には一切分からない余計な話でした、すみません。

相手が悪い人でも嫌いなわけでもない。

今の関係がすごく嫌だというわけでもない。

関係を続けていく意味も、一応理解できる。

ただ「この人との幸せに進む」というアクセルを踏もうとすると、意味もわからず、さしたる理由も思い当たらないのに「心と体が前向きにならない」というわけです。

これが「決められない反応」の正体の一つでございます。

まぁ心と体が緊張してます、恐れを感じてます、と言えばそれまでなんですが。

つまり、自分が何かしらの理由で罪悪感を強めに感じていると動けなくなるから「宙ぶらりんになる」という話。

考えてみれば当然の話でございますね、うん。

でも、めっちゃ怖い吊り橋の途中とか、バンジージャンプの途中でビタ止め、と考えてみると、別の意味でめっちゃ怖いですよね・・・。

あ、余計な想像しちゃいました?

「今のままでいい気もする、でも違う気もする」の翻訳。

ここで少し別の話をしましょうか。

「今の関係をこのまま続けたい気もするけど、でも違う気もする」

というのを、罪悪感目線で読み解くとこうなります。

「関係を進めると幸せになるかもしれない。それがいけないことのような気がする。または、将来悪いことが起きるんじゃないかと思う。今決めたら後悔するんじゃないか・・・。」

「でも、今のまま止まっていると、いずれ限界が来る。それも怖い。もしチャンスを逸したら後で後悔するかも。自分の年令や立場を考えろよ私、今しかない、今でしょ!」

・・・まぁ、心の声の形は人それぞれでしょうが、そんなふうに捉えている可能性があるわけです。

もちろん意識で、とは限らず、深層心理でという場合もあると思いますけどね。

どちらに動いても悪い気がするし、怖い。

だから動けない。

そういう仕組みになっていることが多いんですよね。

そんなみなさんに「決断!」と迫っても、それは「切腹!」のように聞こえるというわけです。

かといって、「もう無理〜」「どないしよー」とウニャウニャ考え続けている自分も嫌。

切腹か、ウニャウニャし続けるか。

本当の意味での究極の選択のように思えるわけですが・・・。

ここで気づいていただきたいのは、誰も切腹!とも、ウニャウニャし続けろ、と言っていないということです。

じゃ、どこからその声が聞こえるんだ、というと・・・

はい、自分自身の内面に存在する「罪悪感的思考や観念」がそれを発しているんですね〜。

怖いですねぇ〜嫌ですねぇ〜。

でも、長いお友だちだったりしませんか?

ちなみに、罪悪感は「幸せになることをビタ止め」しますが、同時に「今のままでいることへの不満」もわんさか生み出すので、本当に宙ぶらりんでスッキリしない状態になるわけでございますよ。

・・・なかなか抜け出せないスパイダーネット感がありますねぇ。

「相手が可哀想だから続けている」の話。

あと、もう一つ、よく聞く罪悪感的声があって。

「相手が可哀想だから、ちゃんと向き合ってあげないと」

「私が傷つけてしまったから、責任をとらないといけない」

「離れたら、この人がかわいそうだ」

そんなお声です。

一見すると、なんだか温かな気持ちのように思えます。

が、これも罪悪感から来ていることが多いんですよね。

その思い、愛から来ているように見えるんですが、「可哀想」という感覚が動機のとき、相手を一人の対等な人間として見ていないことがある。

「可哀想な相手を助けてあげる私」という構図が成立しているとき、実はこちらが上に立っているわけでして。

・・・余計なことを言ってすみませんね。

だから、その立場から降りることに罪悪感を感じる、という構図。

これ、出方が変わると「責任ある立場に立ちたくない」「出世したくない」「子の親になるのはちょっと」という形でもでてきます。

それは責任回避のように見えますし、実際そう思っている人もいると思いますが、「一度抱えた責任から降りるなんて外道すぎる」という、ちょっとした責任感や、本当は責任を果たしたい気持ちが根っこにあったりするんですよ。

でもね、そこに罪悪感が挟まっていると、「傷つけそう、中途半端になりそう」と自分を責める理由が生まれてしまう。

根っこはきっと愛や責任感なんでしょうが、いつしか「罪悪感でものを見ている」というわけです。

よって、罪悪感から続けている恋愛・夫婦関係は、疲弊するんです。

相手を傷つけたり、苦しめたりする気は毛頭ないけど、なぜか疲れる。

で、疲れると、「なんで私ばかり」と思いたくなる。

「なんで私ばかり」が出ると、相手を責めたくなる。

責めると、また罪悪感が出る。

・・・この繰り返し、心当たりがある忍耐女子さん、あぁ、「それ私やん」と手を挙げなくていいですけど、少し振り返ってみてくださいな。

じゃあ、罪悪感と愛をどう聞き分けたらいいのか

じゃ、罪悪感をなくせばいいんだ、と考える人もいるんでしょうが、僕は「なくす」という視点はあまり現実的ではないと思っているカウンセラーです。

もちろん、過剰になった罪悪感を小さくすることは可能だと思います。

僕の場合なら、セッションだのカウンセリングだの使えばある程度できるというか。

確かに理屈上は、罪悪感がなくなってくれればいいって話ですが、現実的には長く蓄積した学習の影響を受けるでしょうよ、と思いますし、それ前提で物事を考えるのが現実的かな、と。

ただ、一つだけとても現実的な選択としてできることがあって。

「今の自分は、愛から動いているか、罪悪感から動いているか」

そこを、少し眺めることができる能力を培うことです。

ここが少しでも培えると、「あ、私、また罪悪感で動いていたな」と気づくことがある。

気づくだけで、違う選択肢がについて考えられるようになるんです。

気づかなければ、そもそも選択肢が存在しないわけですから、同じことを繰り返すんですね。

よって、「決められない私はダメ」「またウニャウニャする」「決断は切腹と同義」みたいな気持ちが続く。

そこからの変化の入口は「決められない背景に、何かあるんだろうな」という視点に立つこと。

自分と向き合って楽になりたい場合は、「今の自分のあり方を裁く視点ではなく、丁寧に整える視点でフィードバックしてくれる人と話すこと」がいい感じです。

ま、僕と話すといいよ、罪悪感にめっぽう強い(らしい)から、という話ですね(笑)

僕はよくクライエントさまから「浅野さんには話が通じた」という感想をありがたいことにいただくことがあるのですが。

それは、きっとその人の罪悪感から来る努力を見ているのではなく、本当の根っこの気持ちを見ているから、そう言ってもらえるのかな、と思っていますよ。

だから罪悪感に強い、と言われるのかな、と自己分析しています。

罪悪感が覆い隠す部分を、あなたの目の前でホイッとお見せするのでね。

そりゃあなたの罪悪感は嫌がりますよねぇ。

でも嫌がっているのは罪悪感であって、あなたではない。

それが認知の切り分けのコツだったりしますね。

結構真面目に書いてしまったことを少しだけ後悔しつつ、今日はここまで。

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お知らせ

ちなみに、この話は6月の「木曜夜の心理学セッション」というセミナーで、もう少し深い話をします。

「愛と罪悪感の声を聞き分ける」

記事には書ききれないことを、ここでお伝えするので、来たくなったらぜひ来てください。

木曜夜の心理学セッション
【6/18開催・木曜夜の心理学セッション】愛と罪悪感の声を聞き分ける方法 【お知らせ】 今回から「オンライン心理学講座」を「木曜夜の心理学セッション」という名称にリニューアルしました。 内容は、講座的な...
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浅野寿和 | 心理カウンセラー/トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 相談しなくても日常が回っている。でも、どこかしんどい。そんなとき、丁寧にあなたの生きづらさやお悩みをほどいていきます。 キャリア17年・臨床10,000件超。東京・名古屋・オンライン対応

ここまで読んでくれたあなたは、きっとずっと、一人で考え、頑張ってきた人だと思います。

本来は成し遂げたかったことがある。愛したかった人がいる。傷つけ合ったり、対立したくはなかった。

でも、上手くいかなくなってしまうとしたら、そこにもきっと善悪を超えた”理由”があるんですよ。

そして、あなたの中から「本当の気持ち」は消えていないんじゃないかな、と。

まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。

「愛しているのに、伝わらない。」
「このままでは、離れていってしまいそう。」
「恋愛や夫婦関係が、なんだかこじれてしまっていて。」」

こういうお話、カウンセリングでよく出てくるんですよ。

多くの方が「きっと自分に問題がある」「私が変われば関係も良くなるはず」と思いながら来てくださるんですよね。

そこまで自分と向き合おうとしていること、それ自体がすごいことなんですよ?ご存知でした?

ただ、その先の答えは・・・

あなたが今向いている方向とは、全く逆の方向にあるかもしれませんけどね。

その理由を一緒に見て、考えていきませんか。それが僕のカウンセリングです。

東京(品川駅前)/名古屋(金山駅前)で対面式カウンセリング・全国向けにオンラインカウンセリング(ZOOM)を行っています。

カウンセリングがどんな場所か、実際に来られた方の声も読んでみてください。

記事には書ききれない話を、メルマガに書いています。

もし僕の知っていることが、あなたの今のお悩み解決や気持ちを楽にするためにお役に立つなら。

そう思いながら週3回書いています。

ご登録いただいた方には特典PDF【誰かのために生きてきた人へ。私の心を、もう一度動かすための心理観察ワークブック】を無料でお渡ししています。