「なんで私ばっかり」親の介護がつらいのは、不公平のせいじゃない
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今日もネタ募集コーナーにお寄せいただいたご質問にお答えします。
テーマは「なんで私ばっかり、と言う気持ちをなんとかしたい」です。
うーん、なかなか切実なお話ですね。
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いただいたご質問はこちら
浅野さん、いつもありがとうございます。
こんなことを浅野さんに相談していいのかと迷いましたが、どうしても気になることがあるので投稿します。
いま私は実家の母の介護を続けています。
父はもう他界しています。
弟と妹がいるのですが、二人とも遠方で、たまに電話で『大丈夫?』『無理しないでね』とは言ってくれます。
でも、病院に付き添うのも、ケアマネさんと話すのも、夜中に呼ばれて起きるのも、ぜんぶ私です。
この前、夫に『なんで私ばっかりなんだろう』って話したんです。
そうしたら夫が、『まあ、近くにいるんだから仕方ないじゃないか』って。
・・・分かってるんです。
分かってるのに、その日、なんだか涙が止まらなくなりました。
『私ばっかり』なんて思う自分が、被害者ぶってるみたいで嫌です。
母のことは大切だし、やりたくてやってる部分もあるのに、どうしてもつらい気持ちが消えません。
私、心が狭いんでしょうか。
もう被害者意識を持ちたくないのですが、どうすればいいでしょうか。
ネタ募集ネーム:苦労症の長女さん(一部、個人情報部分は編集させていただきました。)
「なんで私ばっかり」と思う自分が、いちばん嫌だった
ネタのご協力ありがとうございます。
「夜中に涙が止まらなかった」。
ここで、僕はしばらくフリーズしましたよ。
なるほど、かなり切ない気持ちが溢れている状態かもしれないですね。
こういうご相談をいただくと、セオリー的には、たぶん「もっと弟さんや妹さんなど、頼れる人に頼りましょう」「一人で抱え込まないで」「役割を分担しましょう」という話になる事が多いかな、と思います。
それも大事なことです、本当に。
特に介護の話は、レスパイトケアも含め、「一人で抱えない」ってとても大切な点ですからね。
ただ、今回の論点はそこじゃないですよね。
誰かに頼ることで「私ばっかり」という気持ちは消えるのか、という話のようですから。
もうとっくに気づいているでしょう。
「誰かに頼ればいい」「自分にも休みが必要」くらいのことは、分かっている。
それでもつらい気持ちになるから、しんどいんじゃないでしょうか?
そこに「負担を減らしましょう」「分担しましょう」という話をさせてもらっても、たぶん、あまり効果がないかもしれない、と思いましたよ。
その怒りは、”分担の不公平”の話じゃないのかもしれない
さてさて。
いいか悪いかは別にして、今回はなかなかのパワーワードが出てきているんですよね。
「なんで私ばっかり」という言葉です。
これ、ふつうに読むと、被害者意識や不公平への不満に見えます。
実際、あなたが背負っている分は多すぎるのかもしれない。
腹が立って当然です。
よって僕のサポートの第一歩としては
「そりゃ私ばっかりって思う条件整ってませんか?」です。
そう思う自分を嫌わないでいいし、そう思うんだから仕方ないよね、という部分からスタートしますかね。
・・・あ、もちろんカウンセリングやセミナーの中では、という意味ですけどね。
でないと、多くの方が「私ばっかり」と思いながら、そんな自分を責めたり、隠したりするのです。
あなたが本当にしんどいのは、被害者意識を抱えてしまう自分が嫌、ということだけではないのかもしれませんよ。
「私ばっかり」って気持ちは、ある意味「結果」なんです。
もっとつらい気持ちを抱える理由が別のところにあるからじゃないかな、と思いますよ。
たとえば・・・
「まあ、私ってそういう役回りだよね」と、自分で受け入れすぎてしまっていること。
そして、周囲からそれを求められているような気がすること。
それでも、きちんと答えなきゃいけない状況が常にあること。
そっちの方だという気がするんです。
「仕方ないじゃないか」が、いちばん刺さってしまう理由
ここから「仕方がないじゃないか」という言葉が刺さった、という話につながるんですけどね。
旦那さんの「近くにいるんだから仕方ないじゃないか」。
これ、きっと悪気なんてないんですよね。
むしろ、取り乱しているあなたを落ち着かせたくて、現実的なことを言ってくれている。
善意が見える。
ただ、あなたからすれば、その一言は、あなたにとっていちばん触れられたくないところに、まっすぐ触れてしまったのかもしれない。
あなたはずっとお母さまを大切に思ってやってきた。
それは大切なあなたの気持ちであり、だからこそ引き受けてきたこともたくさんあった。
その気持ちごと、「そういうものだろう」で片付けられた気がしたのかもしれない。
・・・もしそうだとしたら、これは「私は理解されない、という痛み」なんですよ。
介護が辛いという話ではなく、あなたの存在理由に関わるような話。
「なんで、私が母を大切に思ってきたこの気持ちを、そんなに軽く扱うの?」
これはおそらく、形を変えてあなたの中に存在し続けてきたものかもしれない。
ここは僕の勝手な想像ですけど・・・
- 子供の頃から、長女らしい振る舞いを求められてきた、とか。
- 我慢して言うことを聞くことが多かった、とか。
- たとえ自分が損をしてでも、周りのために頑張ってきた、とか。
そこをね、「自己犠牲はやめましょう」なんて話でまとめられたり、「お姉ちゃんなんだから仕方ないでしょ」と言われてしまうと、まぁやってらんねーんですわ、正直ね。
つまり、この話は「被害者ぶっている」という話ではない、と僕は見ているんです。
「それでも何かを大切にしたい」という気持ちの話。
そして、その気持ちが、あなたの生きる世界に伝わっていないという現実を示しているのだと思うのです。
だから、「大変なときは頼りましょう」「頑張ってきた自分を労ってあげましょう」なんて言葉では、どうにも解決しない何かがあるんじゃないでしょうか?
理解されても「また頑張ります」で終わってしまう
では、
「あなたの気持ちを分かってくれる人が一人いたら、それで被害者意識はなくなるのか?」
という話になるわけですが、これ、半分は事実です。
僕たちにとって、分かってもらう経験は欠かせないです。
ただ、多くの人はそこで
「分かってくれる人がいた。ありがとう。よし、また頑張ろう」
と、少し自分が楽になったら元に戻ってしまうことが多いんですよねぇ。
いわば「他者の理解が、一時的な慰めで終わってしまう」なんてことがとても多い。
そして、同じところをぐるぐる回る。
それはなぜか?
あなたがあなたに課している役割が終わらない限り、おそらくそうなっちゃうんです。
ここでいう役割とは「私はこういった人間であるべき」というポジショニングのような話ですけど。
たとえば・・・「夜中に呼ばれて起きる。あの一瞬に感じる、自分の本音とは異なる、勝手に体が動く感じ」とかが、それですよ。
では、なぜ役割を課しているのか、という話が残るわけですが。
・・・それこそ、「あなたがこの家族や社会に与えたい何かがある」からでしょうね。
もし、そういった意識があるなら、その影響でどうしても苦しくなって、
「被害者意識を持つことでしか苦しさを逃がす方法がない」
なんてことが起きるかもしれませんよ。
つまり、この被害者意識は未熟な意識ではなく、我慢や役割の限界を示してる、と僕は考えるんです。
そして、きっとあなたは「誰にも加害したくない」んでしょうね。
だから、被害者意識を抱え、容赦なく「そんな自分が嫌い」と、自分に加害を加えているのかもしれない。
自分に手厳しい人は、こういったことをすることがありますからね・・・。
*
・・・そして、この役割の話は、さらに深く理解できるもの、とも思うのです。
「あなたは何のために、どういった理由で、その役割を担っているんだろう」と。
それは自分が自分であるため、家族の一員であるため、という理由だけなんだろか?と。
・・・もし、その意識自体が誰かのために捧げられているとしたら、それは誰に対してなんだろうか?と。
ちょっと難しい話かもしれませんが、このレベルまで丁寧に見ることをオススメしたいですね。
そうでないと、簡単に罪悪感や自己攻撃に食われます、この手の話は。
誰かが「何かさせてほしい」と言ったとき、受け取れますか
あと、これも大切な話なので書いておきます。
もし、あなたの気持ちやあり方を理解した人がいるなら、たぶん、あなたに何かしたいと思うはずなんですよ。
「そんなに一人で抱えなくていいよ」「私にできること、ある?」って。
僕もそう思いながらテキストを書かせてもらっているんですけどね。
もしそういった人が登場したとしたら、あなたはどうします?
「大丈夫です、私がやりますから」って、言ってしまわないでしょうか。
・・・ほら、いま、ちょっと図星の顔をしましたね(ニヤリ)
与えることで自分の居場所を保ってきた人ほど、これがいちばん難しい。
愛することはいくらでもできるのに、愛されるのが、どうにも苦手。
差し出されたものを、受け取れない。
だから、理解してくれる人がいても、関係のかたちは変わらないまま、また「私がやります」に戻っていく。
そこに旦那さんの言葉が刺さったとしたら、こんなに切ないことはないんじゃないか、って思うんですよ。
ただ、もし旦那さんの言葉があなたにここまで刺さったのなら、「あなたは旦那さんの真意を知っている」ということになる。
愛してくれない人から刺されても、ここまで刺さらないですからね・・・。
もし、本当に「あなたにとってどうでもいい人」の言葉だったら、ここまで涙は出なかったかもしれません。
あなたは、旦那さんの中にある「悪気ではない思い」も、「心配している気持ち」も、どこかで知っている。
だからこそ、その言葉が痛い。
でも、その痛みは、「愛されていない証拠」ではなく、「愛されていることを受け取れない苦しさ」なのかもしれません。
つまり、本当のテーマはこうかもしれない。
「あなたが思っている以上に、あなたを大切に思い、何かしたいと思う人がいる。」
ここが受け取れますか?というね。
あなたがほんとうに求めているのは、「被害者にならない頑張る力」じゃないかもしれない。
「差し出されたものを、受け取る力」の方なんじゃないかな、と思うんです。
最後に|僕の見立てをまとめます
ということで、最後にまとめを少し。
「なんで私ばっかり」といった被害者意識を持ったり、夫の言葉で傷つく自分を、過剰に嫌わないであげてほしいかな、と。
かといって、「私は傷ついたんだよ!なんとかしてよ!」「なんで誰も助けてくれないの!」といった態度に出るのも考えものですね。
そこまで行くとあなた自身が損をしてしまう。
ただ、そう思うことには理由があるはずです。
あなたの心が狭いんじゃないし、被害者ぶりたいわけでもない。
とはいえ、全てを我慢して、誰かを愛する、理解することも、何か違う・・・と感じていらっしゃるのではないでしょうか?
もしそうだとしたら。
すぐには「はい、そうですか」と受け取れないんだろうなとも思うんですけどね。
それでも、書いておきます。
あなたは、誰かを大切にすることを、ずっとサボらずに生きてきた人なのかもしれません。
だからこそ苦しかった。
でも、もしそうだとしたら。
この世界には、あなたが誰かを大切に思うように、あなたのことを大切に思い、何かしたいと願う人も、案外いるのかもしれません。
問題は、その人がいるかどうかではなく、その思いを、あなたが受け取れるかどうか。
そこから見える景色は、今までとは少し違うかもしれません。
そして、・・・・このテキストを読んでくださったみなさまは、どう思いましたか?
こちらの記事も参考にどうぞ
ここまで読んでくれたあなたは、きっとずっと、一人で考え、頑張ってきた人だと思います。
本来は成し遂げたかったことがある。愛したかった人がいる。傷つけ合ったり、対立したくはなかった。
でも、上手くいかなくなってしまうとしたら、そこにもきっと善悪を超えた”理由”があるんですよ。
そして、あなたの中から「本当の気持ち」は消えていないんじゃないかな、と。
まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。
――そのうえで。
もし、もう少し僕と関わってみたいと思っていただけたら、あなたの今の気持ちに合わせて、三つの入口をご用意しています。
記事には書ききれない話を、無料メルマガに書いています
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じっくり、自分の状況と向き合いたい方へ
「愛しているのに、伝わらない。」
「このままでは、離れていってしまいそう。」
「恋愛や夫婦関係が、なんだかこじれてしまっていて。」」
こういうお話、カウンセリングでよく出てくるんですよ。
多くの方が「きっと自分に問題がある」「私が変われば関係も良くなるはず」と思いながら来てくださるんですよね。
そこまで自分と向き合おうとしていること、それ自体がすごいことなんですよ?ご存知でした?
ただ、その先の答えは・・・
あなたが今向いている方向とは、全く逆の方向にあるかもしれませんけどね。
あなたの未来がいい意味で変わるために、心について見つめてみませんか?
それが僕のカウンセリングです。
東京(品川駅前)/名古屋(金山駅前)で対面式カウンセリング・全国向けにオンラインカウンセリング(ZOOM)を行っています。
カウンセリングがどんな場所か、実際に来られた方の声も読んでみてください。

