浮気した夫のことが理解できない|どうして私と結婚したの?
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今日も僕のサイトに頂いたご質問にお答えしたいと思います。
テーマとしてはちょっと深いものではありますが、夫婦関係のご相談の中でもかなり大事な話なので、ちょっと理論的な側面も含めて書いてみます。
テーマは、
「浮気した夫のことが理解できない。だったら、どうして私と結婚したの?」
という話です。
Index
- 1. いただいたご質問はこちら
- 2. 「結婚する=この人を愛していく意思を持つ」という考え方
- 3. だからこそ「結婚して浮気する」が理解できない
- 4. 心理学では「コミットメントは一種類ではない」と考えます
- 5. 「妻を愛している」と「浮気した」が、本人の中では両立していることもある
- 6. 人は「自分のルール」を、そのときだけ外すことがある|道徳的離脱
- 7. 矛盾した自分を、そのまま抱えているのもしんどい|認知的不協和
- 8. 「じゃあ、どんなつもりで私と結婚したの?」
- 9. あなたが理解できないのは、ピュアすぎるからではない
- 10. 理解することと、許すことは別です
- 11. 最後に|同じ「結婚」でも、そこに入れていた意味が違うことがある
- 12. こちらの記事も続きにどうぞ|関連記事
いただいたご質問はこちら
夫の浮気が分かってからしばらく経ちます。
浮気されたこと自体は今でもショックですし、正直、許したいともあまり思っていません。
ただ、子どものこともありますし、生活もあります。今は夫とも普通に話しますし、家族として日常生活は送っています。
でも、ずっと引っかかっていて、どうしても理解できないことがあります。
それは、「どうして結婚したのに浮気するの?」ということです。
こんなことを書くと、「結婚したって人を好きになることぐらいあるでしょう」と言われそうですが、別にピュアなことを言いたいわけではないんです。
ただ、人として理解できないんです。
私にとって結婚するということは、この人と一緒に生きていく、この人を大切にする、と自分で決めることでした。
もちろん結婚生活の中で不満が出ることもあるし、気持ちが揺れることもあると思います。
でも、それでも「この人とやっていく」と決めたから結婚するんじゃないの?と思ってしまいます。
だから、結婚している最中に別の女性と関係を持つことが、どうしても理解できません。
だったら、どんな気持ちで私と結婚したの?
あのときの言葉や気持ちは何だったの?
そんなことを考えると、浮気そのもの以上に腹が立つことがあります。
夫に聞いても「そのときは本当に結婚したかった」「お前のことも好きだった」と言います。
だったら、なおさら意味が分かりません。
結婚するときに持っていたはずの気持ちや覚悟って、そんな簡単に横に置けるものなんでしょうか。
浮気する人を擁護してほしいわけでも、私がもっと寛容になるべきだと言ってほしいわけでもありません。
ただ、結婚していても浮気をする人にとって、「結婚する」ということはどういう意味なんだろう、ということを知りたいです。
浅野さんは、こういう人の「結婚観」をどう見ますか?
ネタ募集ネーム:みさきさん
「結婚する=この人を愛していく意思を持つ」という考え方
みさきさん、ご質問ありがとうございます。
これは、大切な質問をいただいたなと思っています。本当に。
まずですね。
僕は、みさきさんの「結婚するということは、この人を愛していく意思を持つこと」という考え方、ものすごく理解できるんですよ。
というか、非の打ち所がないようにさえ感じます。
だからこそ、自分自身にそこまでの覚悟が持てないなら、安易に結婚を決めないという人だっているだろうな、と思っています。
もちろん、すべての人が結婚するときに、「私はこの人を生涯愛すると決めました」なんて、ものすごく深く考えているわけではないと思います。
むしろ、もしかすると、今そういう結婚観を持っている皆さんの中にも、昔はそこまで深く考えずに恋愛したり、結婚を考えたりしていた方もいるのかもしれません。
ただ。
いろんな恋愛をした。
人を好きになって、うまくいったこともあった。
ものすごく傷ついたこともあった。
大切にしたつもりなのに届かなかったこともあれば、自分が大切にされていたことに後から気づいたこともあった。
そういう、酸いも甘いも含めた経験を重ねていく中で、
「じゃあ、私にとって人を愛するって、どういうことなんだろう?」
と考えるようになった方もいると思うんですよ。
そして、その結果として、
「気持ちがあるだけではなく、この人を大切にする意思を持つこと」
「私はこの人と生きる、と選び続けること」
そんなところにたどり着いた。
そういったお話をカウンセリングでうかがっていると、僕はときどき、
「この方は、愛することにちゃんと向き合った結果、ここにたどり着いたんだろうな」
と思うことがあります。
泣きたいこともあった。大切な人を傷つけることもあった。
自分なりに悩んで、いろんな経験もして。
そして今、この人はご主人や奥様のそばにいる。
そういった方のお話をうかがうと「この方は愛することを知っているのかも」と思えることも結構あるんです。
だから、みさきさんが、
「結婚したのに、どうして浮気できるの?」
と感じることを、僕は「ピュアすぎる」とは思わないんですよ。
確かにピュア過ぎるからこそ「どうして結婚したの?」と思う人もいるのでしょうが、そういった意味を問うてくださっているのではない、と思っています。
むしろ、みさきさんなりに「愛すること」と「結婚すること」を、かなり真剣に考えてきたから出てくる疑問なのかもしれません。
だからこそ「結婚して浮気する」が理解できない
「結婚するということは、この人を愛していく意思を持つこと」という結婚観を持っているということは、
結婚する。
この人を選ぶ。
この人を愛する意思を持つ。
他の誰かではなく、この人との関係を大切にする。
このあたりが、全部一つにつながっている可能性があるんですよね。
だから、浮気した側から
「君のことは愛している」「家庭も失いたくない」
と言われたところで、
「いや、何言ってんの?」となる(笑)。
・・・いや、笑い事ではないんですけどね。
でも、本当に意味が分からないのかもしれません。
自分が選んだパートナーが浮気した、となれば、より混乱を深めるかもしれない。
「あなたは私の覚悟と気持ち、知っていたんだよね?」となるので。
そして、自分の中では、「愛するということの意味」が全部つながっているから。
だから、
「あなたが私と結婚すると決めたときの覚悟って、その程度だったの?」
と思うこともあるでしょう。
僕は、その感覚も無理はないと思っています。
だって、自分が結婚というものに込めていた思いとのギャップが、あまりにも大きいわけですから。
心理学では「コミットメントは一種類ではない」と考えます
ここから少し心理学の話をしますよ。
僕の個人的な主観だけで記事を書くのは、とにかくみなさんに失礼だと思うので。
心理学では、パートナーとの関係を続けようとする気持ちを「コミットメント」と呼ぶことがあります。
ただ、このコミットメント。
実は、一枚岩ではないんです。
たとえば、
「この人とこれからも一緒にいたい」
「関係をもっとよくしたい」
「この人のためにも自分の時間や力を使いたい」
という気持ち。
こうした関係への主体的な関わりを、コミットメント研究の一つでは「dedication(デディケーション)」と呼びます。
つまり、「この関係を続けたい、よりよくしたい」という、関係への主体的な献身です。
一方で、
「家庭を壊したくない」
「子どもがいる」
「離婚すると生活が大きく変わる」
「周囲にも説明しなければならない」
といった、関係を終えることを難しくしたり、そのコストを大きくしたりする力もあります。
これを同じモデルでは「constraint commitment(コンストレイント・コミットメント)」と呼びます。
ここでいうコンストレイントは、「嫌なのに仕方なく結婚生活を続けている」という意味だけではないんです。
子どものことや経済的なこと、社会的な事情、関係を終わらせるために必要になるさまざまな手続きなども含めて、関係を維持する方向に働く力を指します。
なので、コンストレイントそのものが悪い、という話でもないんですよ。
また、別の研究では、
「一緒にいたい」
「結婚を守るべきだと思う」
「簡単には別れられない事情がある」
といった要素も、それぞれ少し違うコミットメントとして整理されています。
つまりですね。
「結婚生活を失いたくない」と「この人を愛する意思を持ち続ける」は、似ているけれど心理的には完全に同じものではない。
・・・ここなんです。
もちろん、この両方を強く持っている人もいるでしょう。
でも、人によっては、そこがこちらの想像ほど一体化していないこともある、という話です。
ちょっと難しい話ですけど、重要な話なのであえて書かせていただいた次第です。
「妻を愛している」と「浮気した」が、本人の中では両立していることもある
ここまで来ると、みさきさん側からすれば、
「いや、だから、それがなぜなの?が知りたいんです」
という話なのかもしれないですね(笑)。
分かります。
ただ、何がいいか悪いかではなく・・・
人間の心って、必ずしも全部が整合的にできているわけでもない。
これは心理学から考えたときの一つの回答でもあるんですよね。
妻は大切。
離婚したいわけではない。
家庭も大切。
結婚したときに妻を好きだったのも本当。
でも、浮気した。
この矛盾を、浮気した本人がその内面でなぜか成立させてしまうことがあるんです。
もちろん、「浮気した人はみんなこうです」という話ではありません。
ただ、心理学には、こういう矛盾を考えるヒントになる概念もあります。
人は「自分のルール」を、そのときだけ外すことがある|道徳的離脱
ちょっと物騒な名前ですけど、
「道徳的離脱(moral disengagement)」
という言葉があります。
簡単に言うと、
「本来はダメだと思っていることなのに、そのときだけ自分に対して、そのルールの適用を外してしまう」
ような心の働きです。
たとえば、浮気に際して、
「夫婦関係がうまくいっていなかったから」
「本気の恋愛じゃないから」
「今回だけだから」
「家庭を壊すつもりはなかったから」
「誰にも分からなければ傷つけないから」
といった考え方をすることがあります。
別に浮気した本人も、「積極的に浮気してもいい」と思っているわけではない。
本人の中にも、浮気はいけないという基準はある。
でも、その場だけは、その基準と自分の行動を切り離してしまう。
実際、恋愛関係を扱った研究でも、自分自身が「これは浮気だ」と認識している行為であっても、道徳的離脱の傾向が強い人ほど、そうした行動を経験していることとの関連が報告されています。
・・・なんとも人間臭い話ではありますよね。
ただ、ここで僕が言いたいのは、
「人間ってそういうものだから許してあげましょう」
という話じゃありません。
浮気した相手を許すか許さないかも、ある意味、個人の選択ですからね。
心理学を元にしたカウンセリングを提供している僕から「理解し許しましょう、許せないのはあなたの課題ですよ」と話すのは、なんかちょっと違う・・・といつも思っています。
お伝えしたいのは、
「浮気はいけない」という価値観を持っていることと、その価値観に従って行動できることは、必ずしも同じではない。
ということなんです。
もちろん、実際に浮気という行動に至る背景は、道徳的離脱だけで説明できるものでもない、と僕は考えています。
ストレス要因や、自分自身が培ってきた価値観、また周囲の環境の影響も及ぶでしょう。
たとえば、いいか悪いか別にして、周りに「浮気ぐらい普通」と考える人が多ければ、その影響は受ける可能性もあるでしょうし。
ストレスフルな状況から逃れるための手段が浮気だった、ということも考えられなくもない。
だとしたら、相手の中にあるその矛盾まで、みさきさんが全部受け止め切ろうとしなくてもいいんだと思います。
少なくとも、相手が起こした矛盾の意味まで、あなただけが背負って苦しみ続ける必要はないんですよね。
矛盾した自分を、そのまま抱えているのもしんどい|認知的不協和
もう一つ、この話を理解していくうえで重要な理論があります。
それが「認知的不協和」という、有名な考え方です。
たとえば、「私は妻を大切にする人間だ」と思っている。
なのに、「妻を裏切る行動をした」という事実がある。
この二つが同時にあると、心の中に矛盾や居心地の悪さが生まれることがあります。
なので、人はその矛盾を少しでも小さくするように考えることがあります。
「あれは本気じゃなかった」
「大したことじゃない」
「妻への愛情とは別の話だ」
みたいに。
実際、浮気をした人への研究でも、合理化したり、出来事の意味を小さく捉えたりすることで、この矛盾を弱めようとする心の動きが研究されています。
そして、浮気経験のある女性を対象にしたある質的研究では、その方法の一つとして、
「コンパートメンタライゼーション(compartmentalization)」
というパターンも報告されています。
日本語でざっくり言えば、
「心の中で別々の箱に入れる」
みたいなことです。
妻との結婚生活は、妻との箱。
浮気相手との関係は、別の箱。
こちら側から見ると、「いやいや、そんなの都合良すぎない?」と思うんですけど(笑)。
でも、その研究では、浮気相手と関わっている自分と、結婚生活を送っている自分を、いわば「帽子をかぶり替える」ように切り替えていた人たちがいたと報告されています。
もちろん、これは浮気経験のある女性を対象にした質的研究なので、「浮気する人はみんなそうです」と一般化できる話ではありません。
ただ、人が矛盾する二つの現実を心の中で別々に扱うことがある、という例としては参考になると思います。
だから、
「妻のことは本当に愛している」
「でも浮気した」
という、一見ものすごく矛盾した話を、浮気した本人が「本気でしている」場合もあるんですよね。
ただ、それでも僕が一つ引っかかるところはあります。
「浮気は、パートナーだけでなく、場合によっては浮気相手まで傷つける行為になり得るけれど、そのことを本人はどこまで分かっていたんだろう?」
ここは、心理学で説明できたからといって、全部きれいに片づく話でもないと思うんですよね。
「じゃあ、どんなつもりで私と結婚したの?」
ここまで読んで、
「あぁ、だから夫は浮気したのね。分かりました」
・・・とは、まぁ、ならないですよね(笑)。
いや、そう思っていただくためにこの記事を書いているわけではないので、無理に理解しようと思わなくていいのかもしれません。
そもそも、浮気した人の心理や動機も一種類ではない。
夫婦関係への不満があった人もいる。
怒りがあった人もいる。
自分の価値を確認したかった人もいる。
性的な刺激を求めていた人もいる。
その場の流れで一線を越えた人もいる。
あるいは、今の結婚そのものへのコミットメントがかなり弱くなっていた人もいるでしょう。
そう考えると、
「浮気したということは、最初から私を愛していなかったんですね」
とも言い切れない。
逆に、
「愛していたけど魔が差しただけだから、気にしなくていい」
なんて話でもない。
そんな単純な話じゃないんですよね。
だから、ものすごく厄介なんですが・・・。
ただ、一つ言えるとしたら、
同じ「結婚」という言葉を使っていても、そこに二人が入れていた意味が違っていた可能性はある。
実際のカウンセリングでは、僕はそこを見ると思います。
あなたが理解できないのは、ピュアすぎるからではない
みさきさんにとって結婚は、
「この人を愛する意思を、自分の人生の大きな決断として引き受けること」
だったのだと思います。
先ほどの心理学の言葉でいえば、そこには「この関係を大切にしていきたい」というディディケーションを強く含んだコミットメントがあるのだろう、と僕は思います。
だから、その意思と浮気という行動が、同時に存在することが理解できないお気持ちも分かります。
僕もそこを、
「結婚に夢を見すぎていますよ」
「人間なんてそんなものですよ」
と片づけたいとは思わないんです。
先ほど書いたように、いろんな経験をしながら、愛することについて考えた結果、
「私は、誰かを愛するならこうありたい」
とたどり着いた人もいるでしょうから。
その価値観まで「理想論」にしてしまう必要はないと思うんですよ。
ただし。
すべての人が、
愛情。
結婚。
貞節。
約束。
覚悟。
このあたりを同じ強さで一つに結びつけているわけでもない。
そこは、知っておいてもいいことだと思います。
それは、夫を理解して許すためというより、
「なぜ私はこの人の言っていることが、こんなにも理解できなかったのか」
を知るために。
理解することと、許すことは別です
浮気されたあと、すぐに
「夫のことを理解しなきゃ」「許さなきゃ」
と頑張る必要はないと僕は思うタイプのカウンセラーです。
理解できたから許さなければならない、なんてこともないのだろうと考えています。
ただ、クライエントさまにとって、浮気したパートナーとの関係を、今後どうしていきたいのか?
その整理と、浮気されたダメージなどの回復のお手伝いをすることが僕の仕事。
もちろん今日の記事に書いたような、ある意味割り切った理屈の話ばかりしているわけじゃないんですよ。
辛いときは辛いでいいですし、そのお気持ちは僕なりに受け止めさせています。
今回書いた心理学の話も、浮気を正当化するためのものではありません。
「人間の中では、こういう矛盾が成立することもある」
と知るためのものです。
そして、そのうえで、
「じゃあ私は、この人とこれからどうしたいんだろう」
と考える。
・・・浮気された側としては、いちいちそう考えることが苦痛に感じることもあるんだと思います。
こんな事にならなきゃ、悩む必要もなかったんでしょうから。
とはいえ、この出来事が自分の人生に起きてしまった以上、これからどう扱うかを考えなければならない場面も出てきます。
だとしたら、僕ができることは、その受け入れがたく、理解しがたい現実を、できる限り分かりやすくお伝えし、クライエントさまが後悔しないであろう選択までの伴走者であることなんですね。
言い方はアレですが、「なかなかいい反応をする(感情と理屈の)壁打ち相手」になることかな、と思っています(^^;
そして、愛する覚悟を持った皆さんの、その想いの価値は守りたい、と心から思っています。
最後に|同じ「結婚」でも、そこに入れていた意味が違うことがある
「結婚したのに、どうして浮気するの?」という問い。
その問い自体、ものすごく深いものだと思っています。
「あなたも私と同じような覚悟で結婚したんじゃなかったの?」
という思いがあるなら、それはあなたの覚悟を示すものではないでしょうか?
もしそうなら、その怒りが強いのも無理はないと思うんです。
自分は、愛するということにここまでの意味を置いていた。
なのに、相手は同じではなかったかもしれない。
その事実にショックを受けることもあると思うので・・・。
繰り返しになりますが、この記事で言いたかったのは、「浮気する人にも事情がありますよ」という話ではありません。
ましてや、「もっと寛容になりましょう」でもない。
そりゃ、さまざまな気持ちが昇華されて、納得して「寛容になる」ならいいですし、僕から「いやいや、無理しないでください」と伝えることもないですよ。
ただ、パートナーとの価値観のギャップが大きければ大きいほど、
「この人のことが、人として理解できない」
となっても、僕は不思議ではないと思うんです。
自分は、愛するということにここまでの意味を置いていた。
なのに、相手は同じではなかったかもしれない。
そこには、浮気された痛みとはまた少し違う、
「私は、この人と同じものを見て結婚したと思っていたのに」
という痛みもあるのかもしれません。
そして、もし今、その「理解できない」というところでずっと止まっているなら。
相手を無理に理解しようとする前に、
「私は結婚というものに、何を大切に置いていたんだろう」
と、一度自分のほうを見てみてもいいのかもしれません。
そこに、あなたが大切にしてきた愛し方が、かなりはっきり見えてくることもありますからね。
守るべきは、そのあなたの思いであり、愛の眼差しなんだと僕は思っています。
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