日常に使える心理学

幸せなはずなのに満たされない心理

幸せなはずなのに満たされない理由

さて、僕ももとに日々お寄せいただくご相談の中で

「私、毎日頑張っているし、環境や状況は満たされているはずなんだけど、幸せを感じられないことが多いんです」

というお話を伺うことがあります。

いわば「問題がないのに、何故か幸せではない」というお悩みです。

自分なりに毎日頑張っているし、今の仕事も好きだし、友達(パートナー)もいるし、さしあたって問題がないと思うのに、なんだか幸せな感覚を感じられないとしたら、たしかに不思議だなと思うかもしれませんよね。

実は毎日頑張っておられる方、中には成功している方であっても、なぜか幸せを感じられない、ということは有り得る話です。

 

実は、このようなご相談をいただくことはありますが、その数がものすごく多いのかというと、そうではありません。

「幸せなはずなのになんだか虚しい」「なぜか満たされない」といった気持ちは「いや、そんなことないでしょ」「そんなに求めちゃ贅沢でしょ」といった風に否認されることが多いので、虚しいからすぐ相談、となるケースは少ないといえます。(気になった時点でご相談いただくほうが深刻化しないとも思いますが。)

「今のままでいいかな。十分なのかな。さて、これからどうしてていこうかな」と考えている方の身に、離婚や別れの危機が訪れたり、家族や仕事なので悩ましい問題を抱えたときに

「そういえば今までもそうだった、そんなに幸せを感じられていたわけじゃなかった。自分なりに頑張ってきたのにどうして」

といった悲しみとなって問題化するケースの方が多いのです。

何かしらの事情で幸せな感じ、温かい気持ちを感じられなかったがゆえに、今、手にしている幸せや成功がすり抜けていく瞬間に「なんで」と打ちひしがれてしまうということなんですよね。

なんとも切ないお話なんですけどね。

もちろん僕もなんとかお力になりたいなと思う瞬間でもありますけれど。

温かい気持ち、幸せ感をブロックする心理とは

どうして毎日頑張っているのに、状況としては幸せなはずなのに、なぜ温かい気持ちを感じられなかったり、幸せを実感できないのでしょうか。

その理由は「普段は自分でも意識できない疑いが存在しているから」と考えることができます。

少しイメージしてみてくださいね。

すごく頑張っている自分、結果を出している自分、状況や環境的に満たされている自分の内面に「自分ってそんなにいい存在なのかな?」「本当にがんばれているのかな?」といった疑いが存在していたとしたら。

さて、あなたは幸せで温かい気持ちになれるでしょうか?

人からその結果を承認されても、嬉しいって思えるでしょうか?

「本当に今の自分でいいのだろうか」「自分は十分なのだろうか」といった漠然とした疑いがあると、温かい気持ちや幸せな感覚を感じられなくなることがあるのですね。

かつ、このような疑いは気づこうとしなければなかったことになる場合もありますが、一度気づいてしまうとずっと気になって消化できなくなることも少なくないようです。

だから、先に書いたように「いや、そんなことないでしょ」「そんなに求めちゃ贅沢でしょ」といった風に否認されることが多くなるわけですよ。

この時点で「既に自分を疑っていたり、自分の存在意義にクエスチョンマークがついている」なんてケースも実際にあるわけなんですよ。

自分を疑うこと自体問題にする必要はないんです。問題が起きる前ならば。

今回は問題提起として「自分への疑い」という言葉を使いましたが

実は、自分を疑っていたとしても、過剰にネガティヴに考える必要はないと僕は考えています。

そもそも人は多かれ少なかれ自分を疑うことがありますし、コレでいいのか、と考えることがあって普通ではないでしょうか。

例えば、今の生活、仕事、対人関係、収入など納得している部分があるなら、いちいち疑いを問題として扱う必要はないと思いますよ。

ただ、実際に何かしらの問題が起きちゃったのであれば、そうも言っていられませんよね。

問題とは、思うような結果が出なかった、目的としていたことが達成できずにいる、ということでもあるのでね。

そんな状況に置かれている自分のことを強く疑うこともあるでしょうし。

ときには自分ってなんなんだろう?と責めちゃうことにも繋がりますから。

こんなときは「ちゃんと手当しておきませんか?」とご提案させていただくことが多いです。

温かさ、幸せを感じるにはどうしたらいい?

さて、温かさや幸せ感を感じられない理由が「疑い」にあると書きましたが、この手の問題解決のために必要なプロセスは「自分で自分の疑いを解消することではない」のです。

あなた自身の「自分の捉え方・感じ方」と「人とつながりかた」を見直すことが問題解決につながるのです。

あなたは自分のことをどう感じていますか?

例えば、「毎日頑張っているし、満たされているはずなんだけど、幸せだなと感じられないことが多いんです」というお話は、今の自分に満足しているはずなのに、満足できない、という状態を意味しているといえます。

つまり、実際にものすごい努力をされていたり、毎日頑張っておられていることに問題はなく、「幸せな感覚を感じるような行動やその動機を使っていないだけ」ということがとても多いのです。

だから、カウンセリングでもセミナーでも、こんなお話をさせていただくんです。

「あなたの行動が誰かのためになっているとしたら、どう思われます?」

するとこんなお声が返ってきますよ。

「え?そうなの?」

「いちいちそんなふうには思ったことないけれど。」

「いちいち自分の行動が誰かのためになっているって厚かましい話じゃないですか?」

確かにそう思うお気持ちもわかります。

が、自分の行動に価値を見いださないという意識は、自分の良い面を疑っている状態に近いですよね。

この状態のまま毎日を過ごすということは、いわば「できて当たり前の感覚の中で生きる」ということに近いと思いませんか?

誰でもできることだから、できて当たり前。

これだけの経験があるのだからできて当たり前。

 

ここで少し立ち止まって自分の思いを見つめ直してみてほしいんですよ。

本当にあなたの当たり前って、やはり誰にとっても当たり前でしかないと思います?

あなたの当たり前の行動が、誰かのためになっていたり、あなたが誰かに向けた好意となっていない、と思います?

じっくり考えてみてほしいんですよ。

もしあなたの内面に疑いが存在するならば、それには「自分の行動や思いの意味を打ち消す効果がある」ということ、なんとなくお分かりいただけるでしょうか?

つまり、この逆を考えれば「温かさ、幸せを感じることができる」となります。

自分の疑いを超えて、自分の価値を受け取ったり、今までの自分の行動の意味を受け取る意識を持つこと。

どんなことも「当たり前」にしないこと。

もちろん「自分の足りない部分ばかり意識しないこと」も重要です。

あなたにはあなたなりの価値がある。あなたが行ってきた行動には意味がある。

それを実感することができるなら、次第に温かさや幸せ感を感じられるようになっていきます。

一人では感じ取れない自分の価値がある

また「毎日頑張っているし、満たされているはずなんだけど、幸せだなと感じられないことが多いんです」というお話は、今の自分のことを自分だけで判断している状態を意味しているといえます。

僕たちが誰かのために、みんなのために、社会のために、と考えるのは、「そこに誰かがいるから」ですよね。当たり前の話しっちゃーそうですけど。

しかし、なぜか「幸せなはずなのに満たされない」とおっしゃっる方ほど、人のために力を尽くされているのに、自分を評価しようとすると急に人の影響を排除して考える傾向があるようです。

いわば、誰かのためになっているという部分の「他者の気持ち」を無視しちゃっている傾向があるんですよ。

相手はあなたに感謝しているかもしれないし、喜んでいるかもしれないし、好意的に見てくれているかもしれない。

しかし、あなたの中で「うーん、でもそんなこと当たり前だし」と考えているとしたら、どんなことが起きると思います?

そう、あなたは「あなたが愛した人を自分で振っている」ような状態になっているはずなのです。

言い方を変えれば「どれだけ思わせぶりなことしとんねん!」って話ですよ(^^;

相手からすれば「私はあなたに感謝してる。なのにあなたはいつも逃げるし受け取らないよね」って話なのです。

もちろん相手はあなたにそんな事は言いませんよ。そんなことを言えばあなたが困るだろうとどこかで分かっているからです。

つまり、あなたもまたあなたの好意を受け取ってくれている人によって幸せや自分の価値を見いだせているということ、ご理解いただけるでしょうか。

ここに「あなたの人とのつながりかた」があります。

あまりに一方的な繋がり方をしているのかもしれませんね。

その結果、自分を充実させたり、幸せを実感するために必要な「他者の感謝や承認」を感じ取れていないのかもしれません。

これでは「幸せや満たされた感じを感じられない」と思わないでしょうか?

「いやいや、そんな相手の好意に依存するなんてダメだよ」なんてお声も聞こえてきそうですが、そんな思いを持つ方がいたら、再度こう考えてみてくださいな。

相手だってあなたに感謝しているし、あなたに好意を受け止めてもらいたいと思うんじゃないか、と。

つまり、僕たち一人では感じ取れない自分の価値があるのです。

誰かとのつながり、関係性の中でしかわからないことがあるのです。

「何でも自分次第でしょ」という考え方が間違っているとは思いませんが、その意識を強めるからこそ「無意識に人の好意をはねのけて相手を傷つけている」という事実をスルーしてしまうのです。

これは上手に自己認識できていない状態だということでもあるんですよ。

「自分は人を傷つけたいとは思っていないし、むしろ相手のためになればと思っている」にもかかわらず、実際は「相手の好意をはねのける形で傷つけている」としたら、そもそも自分を思いを深く認識できているわけじゃありませんよね。

また、「自分は相手からどう見えているのか」という意味での外面的な自己認識もうまく機能していないといえそうです。

そういった部分に気づかずにいるから、虚しさや満たされない感覚がわんさかやってくるのです。

ここにもう少し感情の話を付け加えるならば、無意識レベルで「悪意なく相手を傷つけている」という罪悪感を感じる要素がある以上、あなたがいくら相手のために頑張ったとしても「いい気分になれない」のです。

この状態を一般的な言葉で表現するなら「なにか引っかかる」「いつも本当にこれでいいのか?と考えてしまう」「頑張っている割にはスッキリしないし、満足できない」となるのでしょう。

これを「慣れの問題」にしてしまう方もいるでしょうが、僕の視点では明らかな「自立の問題」なのです。

自立の問題とは、自分がいかに傷つかないか、いかに人に悪影響を与えないかばかり考えてきたからこそ生じた問題のことです。

だから、もしあなたが「幸せなはずなのに満たされない」と感じるならば、こう考えてみてはいかがでしょうか。

「私は、私が喜ばせようとした相手の好意を無視してこなかっただろうか」

あなたがどれだけ相手の好意を(悪意なく)無視しても、相手は今まで通り普通に関わっているとしたら。

ね、なんとなく感じませんか?相手の気持ちが。

そこに幸せや喜びを感じる種がたくさんあるってことに気づいてみてくださいね。

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