こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日は「夫から別居したいと言われたとき」「実際に別居になったとき」の気持ちの整理についてコラムにしていきます。

もちろん、別居と言われて、こちらも何も思わないわけではない。

離れたくない気持ちもある。

どうしてそこまでしなきゃいけないの、と思うこともある。

それでも、

「夫が望むなら」

「少し距離を置くことが夫のためになるなら」

「二人のこれからにとって、そのほうがいいのなら」

そう思って、別居を受け入れる方もいらっしゃるんですよね。

ところが、いざ別居が始まってみると。

夫はずいぶん自由そうに見える。

連絡も必要最低限。

こちらが思っているほど、夫婦のことを考えているようにも見えない。

すると、なんとも言えない気持ちになる・・・。

「私はあなたのことを考えて、別居まで受け入れたのに・・・」みたいな。

同時に、そんな風に思う自分が被害者ポジションを取っているようで嫌だ、とも思う。

そんなお話をうかがうこともあるんですよ。

今日は、そんな「夫と別居になったとき、自分の気持ちをどこに置けばいいのか分からなくなった」という話について書いてみようと思います。

別居といっても、その意味は夫婦によって違います

最初に書いておきたいのですが、「別居」と一言でいっても、その事情は夫婦によってかなり違います。

離婚を前提にした別居もあります。

一度距離を取って、気持ちを落ち着けるための別居もあるでしょう。

夫婦関係をこれからどうするか考えるために、一定期間離れて暮らす場合もあります。

あるいは、突然どちらかが「もう一緒には暮らせない」と家を出るケースもあります。

ですから、別居したらこう考えればいい、こう行動すればいい、と一括りにはできないんですよね。

ただ、事情は違っても、別居をきっかけに自分の気持ちが大きく揺れる、ということはあります。

特に、別居そのものを「相手のため」「二人のため」と思って受け入れた方ほど、その後の相手の様子を見て、かなりやりきれない気持ちになることがあります。

「夫のためなら」と別居を受け入れる人もいる

僕がカウンセリングでお話をうかがっていると、別居を受け入れた側が、必ずしも夫婦関係を諦めているわけではないんですよ。

むしろ、

「今は夫に一人になる時間が必要なのかもしれない」

「このまま一緒にいて、お互い苦しくなるよりはいいのかもしれない」

「距離を取ることで、夫婦関係が少しでも良い方向に向かうなら」

と考えていることも少なくないようです。

つまり、本人の中では、別居を受け入れることもまた、相手を思った行動だったりするんですよね。

本当は寂しい。

本当は嫌だ。

それでも夫や家族のためになるなら、と受け入れる。

そういう方もいらっしゃる。

だからこそ、その後に夫が自由そうにしていると、ものすごく複雑な気持ちになるわけですよね・・・。

「そんなに私と一緒にいることが苦しかったの?」と思いはじめることが何より苦しい

別居して、夫が自由そうにしている。

楽しそうに出かけている。

こちらには必要最低限の連絡しか来ない。

そんな様子を見ていると、

「そんなに私と一緒にいることが苦しかったの?」

「私はこんなに夫婦のことを考えているのに?」

「私が今までしてきたことって、いったい何だったんだろう」

そんな思いが出てくることがあります。

もちろん、夫が実際に何を考えているのかは、夫に聞かなければ分かりません。

自由そうに見えるからといって、何も考えていないとも限らない。

そこは分けておいたほうがいいと思います。

ただ、こちら側の感覚として、

「私はこれだけあなたのことを考えているのに、あなたにとって私はそんなに軽い存在だったの?」

という気持ちになる可能性があるんですよね。

そして、この気持ちが続くと、今の夫への不満だけではなく、過去の自分まで疑い始めることにもなるので、ちょっと放っておけない部分でもありますよね。

「私のやり方が全部間違っていたのかな」

「余計なことばかりしていたのかな」

「私って何だったんだろう」

僕は、別居のつらさって、未来が分からない不安だけじゃないと思うんです。

これまで夫婦として生きてきた自分の意味まで分からなくなる。

ここが、かなり苦しいところなんじゃないかな、と思っています。

実は、別居前からずっと「相手のことを考える側」だったのかもしれない

ここで少し気づいておきたいことがあります。

別居してから夫のことで頭がいっぱいになるのは、ある意味仕方のないことだと思います。

これからどうなるんだろう。

夫は何を考えているんだろう。

戻ってくるつもりはあるんだろうか。

・・・そりゃ考えますよね。考えないわけがない、というか。

ただ、もしかすると、別居する前からずっと、相手のことを考えてきたのかもしれない。

そう思えるご相談をうかがうことって少なくないんですよ。

相手が何を望んでいるのかを考える。

喜ぶことをする。

気持ちを慮る。

夫や家族のことを優先する。

夫婦の中で、片方が相手を考え、支え、譲り、受け入れることが多くなり、もう片方がそれを受け取ることが多くなる。

そんな関係が、今まで続いていたんじゃないか?という話ですね。

本来、与えることも受け取ることも、夫婦の間を行ったり来たりする。

僕は、そんな関係のほうが二人にとって無理が少ないんじゃないか、と思っています。

でも、その流れがどちらか一方に偏っていくケースもあるんです。

そして興味深いのは、今、別居して物理的には離れているのに、その関わり方自体はあまり変わっていないケースがあることです。

妻側がずっと、

「夫はどう思っているんだろう」

「夫のためにはどうしたらいいんだろう」

「二人のために何ができるだろう」

と考えている。

一方で夫は、距離を得て自由に過ごしているように見える。

すると、受け入れた側が苦しくなるのも、ある意味当然なんですよね。

でも、「相手を考えてきたこと」が間違いだったわけではない

ここは、とても大事なところです。

相手のことを考え、相手が喜ぶことをする。

相手の気持ちを慮る。

家族のことを優先する。

僕は、それ自体を間違いだとは思わないんです。

そこには、その人なりの愛情がある。大切な気持ちがある。

そこにあった気持ちまで、結果だけを見て否定する必要はないと思うんです。

場合によっては、自分の心の安定を横に置いてでも、夫や家族を大切にしようとしてきた。

そう考えると、とても献身的な思いとも言えるんですよ。

もちろん、その思いの伝え方については振り返ってみてもいいのかもしれないですよ。

相手を心配するあまり、相手の領域まで入り込みすぎていたかもしれない。

本当は相手のことが気になって仕方がないのに、傷つきたくなくて「好きにすれば」と突っぱねるような言い方になっていたかもしれない。

そのあたりは振り返ることができるなら、いくらだって修正できる部分かもしれないですね。

ただ、相手を大切に思っていた気持ちと、その気持ちの表現方法は別なんですよね。

別居になったからといって、今までの愛情まで全部間違いだったことにはならないはずなんです。

自分の気持ちを感じたら、もう夫を愛せなくなる気がする

実際のご相談をうかがっていると、もう一つ感じることがあります。

心のどこかに何かが刺さったまま、ずっと踏ん張っているように見える方がいるんです。

たとえば・・・

夫婦関係をうまく持っていけなかった自分への失望だったり。

寂しさだったり。

怒りだったり。

悲しみだったり。

そういったものが心に刺さったまま踏ん張ってるイメージです。

ただ、その心に刺さったものを抜いてしまうことが・・・なぜか怖いと感じる人もいます。

「一度私の心のタガが外れたら、今まで我慢していた怒りも悲しみも文句も、全部出てきてしまうんじゃないか」

「そんな自分になったら、もう夫を好きではいられなくなるんじゃないか」

「今のまま夫婦でいられなくなってしまうんじゃないか」

そんな不安があるからです。

だから、自分の気持ちを抑えて、心になにか刺さったまま、夫や家族のことを考え続ける。

そうすることで、自分を保っている。

そんな様子が見えることも実際にあるんですよ。

だから、ここで単純に「自己犠牲だからやめたほうがいい」「すぐ心を癒しましょう」と言ってしまうと、たぶん違うような気がしています、僕は。

辛い、苦しい、悲しい、怖い、不安、淋しい・・・。

そういった気持ちがここまで心の中で溢れかえっているのも、

これからも家族を守りたいからかも、しれない。

夫婦でいたいから、かもしれない。

そうやって、ご自分を後ろに置いてきたのかも、しれない。

そういう気持ちもあると僕は思うんですね。

まず僕が大切にさせていただきたいのは、

「たとえ私の心になにか刺さったままであっても、それでも守りたい何かがある」

というそのお気持ちなんですよね。

・・・とはいえ、ずっと刺さったままだとやはり痛いので、そっと抜くような何か(セッションとか価値観など)をご提供することも多いんですが(^^;)

ただ、怒りや悲しみが出たあとに残るものは分からない

「自分の中にある怒りや悲しみを感じたら、夫への愛情が全部なくなってしまいそうだ」

そんなお話をうかがうことがあるんですけどね。

・・・個人的にその感覚、分かる気がするんですよ。

一度でも感情の蓋を開けたら、もう私の気持ちは戻ってこなくなるんじゃないか、と思う気持ち。

ただ、全てのケースでそうだとは言いませんが、必ずしもそうとは限らないんですよ。

もちろん、気持ちを整理していった結果、「私はもうこの関係には戻れない」と思う方もいるでしょう。

ただ、僕の実感としては、相手のことを考え、別居という形まで相手のために受け入れてきた人には、そもそも人を思う力があることが多いんです。

だから、カウンセリングの中で、一時的には怒りも悲しみも不満も出るかもしれない。

でも、それらがある程度ほどけたあとに残るのが、

「それでも私は、パートナーや家族のことを大切に思っていたんだな」

という気持ちであることもあります。

もちろん当のご本人は、そこまでなかなか思えないことが多いみたいですが・・・。

とはいえ、今は「心のタガが外れたらもう戻れない」と感じているから、必死に踏ん張っているわけです。

そんな状態で夫がこちらの苦しさを理解していないように見えれば、そりゃ腹も立つでしょうし、虚しくなるでしょう、という話。

「夫はいつも、私が苦しいときに私を分かってくれない」

・・・本当に切ないのは、別居という事実が、そんな想いを運んでくることかもしれませんね。

夫の真意がどこにあるかとは、また別の話として。

こういうとき、まず「分かってくれる人」が必要なのかもしれない

だから、こういった状況にいるとき、僕はまず、

今の自分の気持ちを「分かるかもしれない」と言ってくれる相手が必要なんじゃないかな

と思うことが多いです。

そこで、

「で、あなたはどうしたいの?」

「あなたがしっかりしないと」

と言われても、答えられないことのほうが多いんじゃないでしょうか?

そもそも、こういったケースでは、私の気持ちや、差し出してきた思いをパートナーに分かってほしかったんでしょうね。

ただ、それが伝わらない、という現実に直面していることが多い、といいますか。

そんなとき、さらに「私の気持ちが伝わらない」という事実と直面し続けたら、さすがに心が折れるかもしれないですよね。

だから、「分かるかもしれない」と反応してくれる人が、今は(一時的にでも)必要なんじゃないかな、と思うのです。

ただ、こういった心の動きは、ある程度、人の心について興味を持ってきた人でないと、なかなか理解しづらい部分もあると思うんです。

親や兄弟に相談して、「あなたがしっかりしなさい」と言われることもあるかもしれない。

友人から、「そんな夫なら別れたほうがいいよ」と言われることもあるかもしれない。

ただ、「だからその人がダメ」ではないんですよ。

あなたを理解する気がない、とも限らないわけですし。

ただ、今まで何を見て、何を感じて生きてきたかが違えば、理解できるものも変わるだけです。

たとえ家族でも、そこは違います。

これは、ある程度仕方のないことなんだと思います。

だから、ちょっと大げさなことを書けば、その違いに絶望する前に、「あなたの気持ちを全てではないけれど、理解できる人」との出会いが重要なんですよ、きっと。

誰かに理解されることで、自分の中に足場ができることがある

学生時代に、親身になってくれた先生のことを覚えている人もいるかもしれません。

自分では自分の良さが分からなかった。

でも、ある先生が、「君にはこういうところがあるよ」と見つけてくれた。

それによって、自分でも知らなかった自分に気づく。

そういうことがあると思うんです。

別居で揺れているときも似ています。

自分では、

「私はダメだった」

「夫婦をうまくやれなかった」

「何のために頑張ってきたんだろう」

としか思えなくなっている。

でも、誰かがその中にある、夫への思い。

家族を大切にしたかった気持ち。

傷つきながらも踏ん張ってきたこと。

そして今抱えている怒りや悲しみまで含めて見てくれる。

そんな人との出会いが、「私、そんなに全部間違っていたわけじゃないのかもしれない」と思える余裕を作ってくれることもあります。

それが、自分のあり方を自分で肯定するための足場になるんですよね。

自分を取り戻すことは、夫を手放すことではない

僕がこういったご相談で「無理しなくていいですよ」とお伝えすることがありますけどね。

ただ、それは「もう夫のことなんて考えなくていい」「踏ん張らなくていい」という意味ではないんです。

夫や家族を大切にしていてもいいんです。

修復したいと思っていてもいいんです。

ときには、不安になって自分を見失いそうになることもマイナスではない。

ただ、自分の気持ちまで全部押し込めないと、その思いを維持できないわけではないんです。

自分を取り戻すことと、夫を大切に思うことは、別に矛盾しないんですよ。

そもそも心が揺れているときって、いろんな気持ちを一人で抱え込んでいる、というケースも少なくありません。

だから、その気持ちを分かってくれる人の前で、少しずつ言葉にしていくことで、ようやく心に余裕が戻ってくることもあるんですよね。

すると、「こんなことを思っている私はダメだ」と、自分を否定しなくても済むようになっていく。

僕が思う「気持ちを整える」って、案外そういうことなのかもしれません。

最後に|別居になったからといって、今までの自分まで否定しなくていい

夫との別居は、たしかに大きな出来事です。

これからどうなるか分からない。

夫の気持ちも分からない。

自分がどうしたいのかも、すぐには分からないかもしれません。

でも、別居になったからといって、今まで夫を思ってきたことまで間違いになるわけではありません。

家族を大切にしてきたこと。

自分なりに夫婦を守ろうとしてきたこと。

相手のために考えてきたこと。

そこにあった気持ちまで、今の夫の反応によって決め直さなくてもいいんです。

ただ、その大切にする力を、自分の心の安定まで差し出す形で使い続けると、あなた自身が持たなくなることがあります。

だから、今はまだ修復か離婚かを決めなくてもいい。

まず、今の自分の気持ちを、その矛盾や葛藤まで含めて分かってくれる人がいること。

そこで少しずつ、自分自身が立っていられる場所を取り戻していくこと。

その先で、今の夫を見て、今の自分を見て、これからのことを考えていけばいいんじゃないでしょうか。

その目的でカウンセリングをご提供することもあります。

以上、今日の話が、今まさに別居の中で気持ちの置き場所が分からなくなっている方に、少しでもお役に立てれば幸いです。

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浅野寿和 | 心理カウンセラー/トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 相談しなくても日常が回っている。でも、どこかしんどい。そんなとき、丁寧にあなたの生きづらさやお悩みをほどいていきます。 キャリア17年・臨床10,000件超。東京・名古屋・オンライン対応

「もっとうまく関わり合えないだろうか」

夫婦の相談では、まあ、ほんとうによく聞く言葉です。

そもそも、毎日ケンカしたくて結婚した人なんて、たぶんほとんどいないわけで。

でも、近い相手ほど、ひと言でムッとしたり、黙り込んだり、なぜか話が大きくなったりする。

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