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愛されるための努力は必要なの?
僕たちはどこかで「愛されるために努力が必要だ」と思うことがありますよね。
例えば、学びを深めたり、自分を磨いたり、キャリアアップを図ったり、経済力やステータスをつけたり、心を整えたり・・・。
そのような努力を重ねることで
「今よりも愛される人になろう!」と思うことってないでしょうか。
このような努力をされる方って、基本的に真面目ですし、努力家ですし、きちんとされている方が多いんですよね。
ただ、心のどこかで
「何の努力もなしに愛されるなんてことはありえないだろう」
「何もしないで愛されたなんて経験をしたことがない」
と思われている部分があるのかもしれません。
だから、どんなにつらくても努力を続けていく方もいらっしゃるのですね。
そんなみなさんから、このようなご質問をいただくのです。
「愛される努力をしなくても愛されるよと言う人がいますけど、それって本当なんですか?」
もちろん、愛されるために大変な努力をされている方の思いやその頑張りって否定されるべきものではないと僕は思うのです。
その努力自体には大変な価値があるわけですから。
ただ、もし「愛されるための努力」を行うならば、少し意識を変えてみるだけで
「愛されるための努力はそこまで必要ではないかも」
「愛されるために努力が報われるようになっていく」
とも言えるのです。
そこで今日は
「愛されるための努力をするなら、〇〇という意識を変えたほうが得をする」
というお話をお伝えしたいと思います。
よろしければどうぞ。
「愛されるための努力」とはなにか
さて、まずは
「そもそも愛されるための努力とはなんやねん」
というお話をしたいと思います。
実は、心理的に見た「愛されるための努力」って
「私がどうすれば愛されてきたか(愛されずに済んだか)」という学習の結果
みたいなものだと言えます。
例えば、子供時代に「どうすれば愛されるか(愛されずに済むか)」と考えてきたことで形成されるパターン(癖)のようなものだと考えることができるんです。
だから「愛されるためにどのような具体的な行動を取るか」は
各々の成長プロセスで体験したこと、学び取ったことが反映されている部分が大きいのです。
例えば
真面目に努力していると愛された、という体験をすれば「愛されるには真面目に努力するといい」とお考えになるでしょう。
「外見を整えることで愛された」という体験をお持ちなら「愛されるには外見を整えることだ」とお考えになるでしょう。
「家族の面倒をみるなど、誰かのために貢献することで愛され評価された」という体験をお持ちなら「誰かの面倒を見ることで愛されるだろう」とお考えになるでしょう。
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ただ、愛される努力とは「誰かに気に入られる、愛されるために行うもの」なので、発想としては少し受け身なものになるのです。
だから、「愛される努力」は、愛されたいという意識のままであれば、努力の価値を自分で決めることができないという側面があるんですよ。
つまり、努力をしても愛してもらえないならば
その努力の意味はなかったことのように感じる、ということ。
だから、愛される努力を続けてもなかなか結果が出ないと、ちょーうんざりして
「もーやってられんわ!」と思うようになるのです。
ここが「愛される努力」のちょっとしんどい部分なんですね。
「愛されるための努力」は必要ないのか?
では「愛されるための努力は必要でない」と言えるのでしょうか?
実際のところ、要らないと言えるだけの材料を僕は持ち合わせておりません。
逆に、「愛されるための努力さえ諦める」ということは、自分を諦めてしまうことにもなりかねないとは思いますから、努力することに意味はあると思います。
そもそも、愛されるための努力を重ねているということは、自分を高めようとしていることでもあるわけですよね。
だから「愛されるための努力」自体が不要だとは言えないと僕は思います。
「愛されるための努力」をしなくても愛される人になる方法
さて、では今日の本題。
実は「愛される努力をしなくても愛される人になる方法」は確かに存在します。
これは
「もしあなたが誰かに愛されるための努力をするなら、〇〇という意識を変えたほうが圧倒的に得をしますよ」
という話でもあります。
ではその答えを書き記します。
それこそ
「愛されるための努力」を「与える努力」「愛する努力」という意識に変えることです。
例えば
「愛されるには真面目に努力するといい」とお考えになっているなら
「私が真面目に努力することで相手を喜ばせているんだ」という意識に書き換えるわけですね。
「愛されるには外見を整えることだ」とお考えになっているならば
「外見を整えることで相手を喜ばせているんだ」という風に。
「誰かの面倒を見ることで愛されるだろう」とお考えになっているなら
「私が誰かの面倒を見ることで相手を喜ばせているのだ」という風に書き換えます。
たったそれだけです。
もちろん日々の自分の行動に「与える意識」を付け加えてもいいと思いますよ。
その意識の中で行動していけばいい、ということなのです。
もちろん、押し付けがましい態度や恩着せがましくしてもいい効果はないのですが(^^;
どうして努力しなくても愛されると思えるようになるのか
もし「愛される努力をしなくても愛されるようになる」には、何が必要かと言えば、
「愛されない自分」という観念やイメージ、意識を以下に手放すか(小さくするか)なのです。
つまり
「愛される努力」と認識されていたもの(愛されようとする意識)を
「愛を与えている努力」(与えている意識)と認識しなおせばいいのです。
この「与える意識・愛する意識」とそれに伴った行動を続けることで「愛されない自分」という観念、イメージ、意識を手放していけるわけですよ。
同じ努力をするなら、それを大切な人や周囲、ときには社会に向けること。
たったそれだけで、「私は愛される人かもな」と感じやすくなるのです。
誠実に与える意識を持つこと。
それは、今まで必死に努力してきた自分に報いることにもつながるのですよね。
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