こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

「自分のことが好きな人・好きになれない人の違いってどこにあるんだろう」。

そんな疑問を抱えてカウンセリングや講座にお越しいただく方って、実は少なくないんですよね。

ご相談の中でも

「私、なかなか自分を好きだとか、素晴らしい存在だとは思えないんです」

という、すごく頑張っている方のお声を伺うことが多いんです。

実際、周囲からの評価は高いのに、何故か自分は自分が好きじゃない、むしろ嫌い、というね。

だから

「どうしても自分の良いところが見つからないんです」

「自分が嫌いで好きになれない」

という話が多くなるんですよね。

そこで今日は

「自分が好きになれる人・嫌いなままの人の違い」ってどこにあるのか、についてコラムにします。

よろしければどうぞ。

自分のことが好きな人の特徴とは

自分のことが好きな人の特徴は

普段からいい気分でいる時間が多い」という部分です。

・・・はぁ、なんじゃそりゃ、そんな当たり前のことをいちいち書くなよ、

なんて思われるかもしれませんけどね(^^;

ただ、

「いい気分でいる時間が長ければ、自分を好きになれる可能性が高まる」

と考えることはできますよ。

もちろんそれだけで自分を好きになれる、とまで考えているわけじゃありません。

が、「いい気分でいる」ということはとても重要な要素です。

自分自身が常に意識しているのは、やはり自分です。

自分と付き合ってる時間が最も長い。

だとしたら、自分のことが好きな人って、いい気分を感じている時間が長いはず。

逆に、自分を好きになれない人は、自分であることで嫌な気分を感じている時間が少なくないはずなんですね。

つまり「どないしたらいい気分でいられるんだろう」という部分を、主体的に理解して実践していくことは、自分を好きになるためには重要なことなんですよね。

自分のことが好きになれない人の特徴とは

さて、次に自分のことが好きになれない人の内面的な特徴について考えてみます。

最も僕が出会うケースが多い特徴は「普段から頑張りすぎている」という部分です。

ね、これ、ちょっと期待外れな特徴だと思った方もいるのではないでしょうか。

自分のことを好きになれない人の特徴と聞くと

例えば

「ネガティブ思考」「べき思考が強い」「悲観的な価値観を持っている」などが思い浮かぶのではないでしょうか。

確かにそれも特徴のひとつなのですが、自分のことが好きになれない人って

「自分のことが嫌いだと感じたまま、気合で好きになろうとしている」

という傾向が強いんです。

この状態を僕は「頑張りすぎている」と表現しています。

自分を理解しないまま気合で好きになろうとすると

この

「自分のことが嫌いだと感じたまま、好きになろうとしている」

という状態をあえて例えるならば

「ピーマンが嫌いな子供が、無理にピーマンを好きになろうとしている状態」

とも言えるんですね。

もちろん嫌いなものを頑張って好きになれたら問題なんてないのだろうと思うんです。

が、例えば、ピーマン嫌いな子供がピーマンについて肯定的な興味や関心を持つかといえば、きっとNOでしょう。

「なんで嫌いなものと向き合わなきゃならんのよ」と思うはず。

つまり、ピーマン嫌いな子供にとって、ピーマンのこと(ピーマンそのものの特徴や、その優れた栄養だとか、農家の皆さんのご苦労とか)をよく知る動機を持つ意味はあまりない、といいますかね。

むしろ「給食から嫌いなピーマンがなくなればいいのに」と考えることのほうが多いはず。

この考え方は、自分嫌いにもある程度、応用できる考え方ですよ。

僕たちは自分に嫌気が差すと

「自分が嫌い。だから自分に興味を持ちたくない」

と(無意識的に)反応する場合が少なくないんです。

だから、自分の良さどころか、今の自分というものを見ないまま、よく理解しないままでいることが多いんです。

で、「自分が嫌だから好きになろう」と思い始めると、自分をよく理解しないまま好きになる努力だけを続けてみたりしちゃうわけです。

だからこそ、自分を好きになることや、いい気分でいることの価値や意味をまず理解しておくことが重要といいますかね。

自分を好きになれないにも理由がある

ただ、自分を好きになれないにも事情があります。

自分を嫌う、いわば自己嫌悪に陥る事情は、実に人それぞれさまざまなのです。

例えば

  • 愛されたという実感を得ずに育った、とか
  • 周囲の大人や優秀な人に囲まれていたがゆえに「自分はいつも足りない」と感じながら過ごしてきた、とか
  • いわゆる劣等感コンプレックスを抱いている、だとか
  • いつもいい子、いい人の仮面を被ってきたら自分がよくわからなくなった、とか
  • めちゃくちゃ好きな人と別れることになった、とか。

ただ、僕たちって、いいか悪いか別にして「自分が嫌いであったとしても、今の自分を変えたくない」と感じるものなんですよ。

例えば、目の前につらい状況、しんどい状況があると、その状況を生き抜くために僕たちは必死こいて頑張るんです。

その結果、つらい状況を乗り越えられればいいですけど、いつも一人で乗り越えられる物事ばかりがやってくるとも限らないわけですよ。

そんなとき、例えば、物事を諦めてしまったり、やる気や情熱を失ってしまったり、責任から逃げてしまったり、自分に失望したり・・・。

が、このような状態になっていても、僕たちはそれでも毎日過ごしているわけですよ。

たとえ、自分が嫌いだと感じていても、それでも僕たちは生きているわけです。

「自分を嫌うことで心を守っている」ように見えることもある

ここは、ちょっと難しく誤解されやすい内容なので、少し丁寧に書いておきますね。

自分を好きになれないときって、

「自分を嫌う」という反応そのものが、どこかで心を守る役割になっている場合があります。

たとえば、努力しても報われないことが続いたり、期待して傷ついた経験が重なったりすると、心は次の一手として、

  • 期待しない
  • 望まない
  • 自分を肯定しない(肯定するのが怖い/期待すると苦しい)

という方向に動くことがあるんです。

辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあったとき、そのままの裸の心で過ごすことって難しいんです。

だから、何らかの手立てで自分の心を守ろうとします。

そのとき、誰かに受け止めてもらえたり、自分を肯定的に受け止めることができればいいですけどね。

それが難しく、一人で対処しようとすると、「心を閉ざす」「自分を責める」といった、自分だけで成立する方法を使うことがあるんですよ。

これは「自分を雑に扱っている」という側面も否めないのですが、

意図としては、これ以上傷つかないために、心が“感情の振れ幅”を小さくしようとしている、と考えることもできます。

もちろん、その状態が楽かというとそうでもないんですけどね。

自分を責める癖が強くなると、だんだん「自分を嫌うこと」が習慣になってしまう場合もあります。

ただ、「自分を嫌いなままの自分」には、そうせざるを得なかった事情がある、と見立ててみると、少し筋が通ることもあります。

自分が嫌いという気持ちもまた自分が生き抜いてきた証ではないだろうか

そう考えると、例えば、自分に失望したり、物事を諦めてしまうなどの気持ちは

感じているだけで辛い気持ちであることには違いないのですが

「ある意味辛い状況やしんどい状況を生き抜くために必要なものだった」

という意味合いも出てくると僕は考えるんです。

なにかに期待したり、自分に期待したりして、更に失望したり、つらい状況が変わらないのであれば

そもそも何も望まない、自分を肯定しない

それが日々を生き抜く手段になることもありえる、と僕は考えるんですね。

だから、たとえ自分が嫌いで辛い気持ちを感じていても、その状態を変えることのリスク、怖れも感じるだろう、と僕は考えるんです。

だから、自分が嫌い、なかなか好きになれないということは、それだけの事情があって、

同時に、それだけ頑張って毎日を過ごしてきた、ということなんだろうと僕は考えるのです。

自分を好きになるために「いい気分」が必要なのか

では、なぜいい気分でいると自分が好きになれるのでしょうか、という話なんですけれども。

これはいくつかの考え方によって成り立っていますが、その中でも重要な部分を2つご紹介します。

自分ばかり意識していると自分を好きだと思いにくくなる

これは自信を持つために必要なことと同じ考え方なんですけどね。

「自分を好きになろうと自分ばかり意識しても好きになりにくい」という話なんです。

自分自身が自分ばかり意識しているとき(自分の意識が自分ばかりに向いている状態)

僕たちは怖ればかり感じる傾向があるんです。

例えば、「他人にどう思われているだろうか」と気にするときってありますよね?

このとき、きっと不安や恐れを感じていると思います。

また、自分は他人の目を気にしているように思うわけですが、実際は「自分が自分を変なやつだと思われる」と気にしすぎているんです。

その結果、どんどん不安が増したり、人の目を警戒するようになるんですね。

だから、「私ってどんな風に見られているんだろう」と不安を感じながら、良い自分を演出しても、「あぁ、私、自分がめっちゃ好きだわ」といい気分になれることは稀かな、と。

人からの高評価を得て一時的に安心感を感じることはあるでしょう。

めっちゃ「ホッ」とする、といいますか。

ただ、それは自分の中でずっと続くわけでもない、といいますかね。

「自分がいい気分になること」と「誰かにいい気分にさせてもらうこと」は違うと知る

実は

「自分がいい気分になること」と、「誰かにいい気分にさせてもらうこと」は、

質が異なることなんですね。

どちらにも意味も価値もありますし、

どちらが良いというものではなく「互いを補完する関係にあるもの」ではあるんですけどね。

例えば、他人にいい気分にしてもらうことは、僕たちが生きるためには必要なことです。

誰かに愛してもらう、応援してもらう、励ましてもらう、手伝ってもらうことってやっぱり僕たちが生きるために必要なことですよね。

ただ、いくら他人からいい気分にさせてもらっても、自分が嫌い(いい気分でない)ならば、きっと元に戻ってしまいます。

だから、常に、ではなくとも

「自分の選択でいい気分でいること」ができるならば

その気分は自分の選択で感じ続けることはできます。

自分がいい気分を選択することで、周囲にも良い影響を与えることだってできますね。

とはいえ、僕たちは超人ではないので、常にいい気分を選び続けることもまた難しい。

そんな時は人や周囲の力を借りる、という選択肢が重要になるんです。

例えば、いい気分になれる場所、人などと触れ合うなど、周りの力を借りればいいんです。(時にはカウンセリングの力とかね)

とはいえ、周りの力でいい自分を感じる状態を続けても、自分がいい気分を選択できているわけではないんですよね。

だから、人の力、周りの力を借りながら、いい気分を選択することを実践していくといいんです。

自分を好きになるために今日からできること

自分を好きになるためにできること

最後に「自分を好きになるために今日からできること」を一つご紹介しますね。

それが「いい気持や物事を”味わう”こと」です。

例えば、仲の良い友人と会うときに「会えて嬉しいなぁ」と、その気持ちを味わうようにいい気分でいること。

旅行先で美しい景色と出会ったら、「なんて美しいんだろう」と景色と気分を味わうこと。

別に友達に「あえて嬉しすぎる!大ちゅき!」と言ってもいいけど、そこまで頑張りすぎなくても大丈夫です。

特にこの「味わう」という意識は、人と会うときに実践すると、より良い関係性を築くキッカケにもなりますから、癒やし効果は高い、といえます。

「なんだよ、それだけ?」と思われる方もいるかもしれません。

が、僕自身、これを実践してみたのですが、なかなか難しいと感じることが多かったですよ。

例えば、初対面人と会う時につい緊張してしまう僕は、なかなかいい気分を味わうことが難しく、無難な態度を続けてしまうことが多いのです。

が、僕の知る自分が好きだという人を思い出すと、彼らは初対面の人であっても、自らいい気分を「味わう」という選択をしているな、と思えるわけです。

で、自分も!と思ってやって見るんですが、まぁうまくいかない(^^;

ただ、それでも心がけていると、徐々に慣れてくるものなんですね。

このような経験の積み重ねは「相手に与えること」にもなりますから、自信を感じるという意味でも価値のあるチャレンジなんですよね。

ただし、無理をしていい気分を感じる必要はない

ただし、僕たちは

「自分と向き合うこと、いい気分を味わうことが難しい、むしろ苦しい」

と感じる場合もあります。

分かりやすい例が、失恋直後。

失恋して大きな怒りや悲しみ、自分なんてという気持ちを抱えているときに、いい気分を味わうなんてなかなか難しいし、そうすればするほど苦しくなることもあると思うのです。

そんなときは、無理せず、今の自分の気持ちを丁寧に解放するほうがいいんです。

つまり、無理をしていい気分を感じる必要はないんです。

感じられるときに、自らの意志で、という感じ。

むしろ、辛い、苦しい、どうしたらいいかわからないと感じるときほど、人や周囲の力を借りる選択をしたほうが自分に優しいことも多いですよ。

そういう意味でカウンセリングという選択もご検討いただけるといいのではないか、と思います。

最後に

最後になりますが、僕たちは

「自分を好きになろうと思えば思うほど、なぜか無理をしていい人をやりすぎたり、自分に負荷ばかりかけてしまう」

なんて経験を積むことが多いようです。

どこかで「努力と気合と根性で好きになる」ということを考えがち、といいますか。

それはまるで困難なことと向き合うときのように、頑張れば突き抜ける、と思っているといいますか。

たしかにそれで得られる自信もあるんです。

が、自分が好きかどうかは

「自分が自分でいることでいい気分を感じられている時間がどれだけあるか」

そこが重要なポイントだと僕は考えます。

だから、時には自分を嫌うこともあるし、嫌な気分になることもあるわけです。

つまり、自分を好きになれないことがダメなことだと思う必要はないし、自分と他人を比較して凹む必要もないんです。

僕はよく

「自分が嫌いだと感じて辛いときは、できる限り凹んだり、気分が落ち込むようなSNSなどは距離をおいたほうがいいですよ」

なんてお伝えすることもあります。

これはいわば「デジタルウェルビーイング」という概念と似た考え方なんですよね。

これはどこかで自分を大切にする、いたわるという意味合いにもつながるよな〜と、僕は思うのです。

こちらの記事も参考にどうぞ

今日のコラムに関連した恋愛にまつわるコラムもありますので、よろしければご覧くださいませ。

ABOUT ME
浅野寿和 | 心理カウンセラー/トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 個々のご相談を心理学の視点で整理して、明快に言葉にしていくカウンセリングが人気。 キャリア17年・臨床実績10,000件/東京・名古屋・オンライン対応。リピーターさまが多いカウンセラー。口癖は「どんなことにも事情があるよね」。
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