恋愛・夫婦の心理学

恋愛に「見返り」を求める普通の人たち 〜「見返り」を手放す考え方について〜

恋愛に「見返り」を求めると上手くいかないと分かっていても、見返りを求めたくなる普通の人たち

みなさんも「人に見返りばかり求めていてはいけないよ」なんて言葉を聞いたことはないでしょうか。

とかく恋愛などでは「相手に愛されることばかり求めたり、見返りを求めて優しくしたってうまくいかないよ」なんて話が取り上げられることもしばしばありますね。

だから「見返りを求めない人になることが大事だ」なんて言葉を聞いたこともおありかもしれません。

確かにどんなものごとにおいても「見返りばかり求める」ならば、あまりうまくいかないのかもしれませんよ。

例えば、愛されるために優しくする、とかね。

自分のことを理解してほしいから、相手を理解している、とかね。

自分が救われたいから、相手を助けている、とかね。

実際に相手に向けている言動が良いものであっても、その動機が「見返りを求める気持ち」となっているならば、確かに幸せは実感しにくくなるでしょう。

その理由は「自分が思ったような見返り」が返ってこなかったとき、不満を感じるからです。言い換えるならば「期待したものが手に入らなかったことで失望するから、相手の行為の価値を自らが感じ取れない」というわけです。

だから、見返りを求めることは愛じゃないし、お互いに幸せを実感できなくなりますよ、なんて考え方があるわけですし、僕もこの考え方は理解できますし、その通りだろうと感じています。

ただ、だからといって「見返りを求めない人になろうと考えることが最善なのだろうか」と僕は思うのです。

少なからず「人に見返りを求めることを当然だ」と思うことで生じる問題はあるでしょうが、つい見返りを求めてしまう気持ちになること自体をそこまで否定的に見るのも、なんだか偏った考え方ではないかな、と感じるのです。

むしろ僕の意識は「なぜそこまで見返りを求める気持ちが生じているのか」に向きます。そこにいいも悪いもなく「なぜそう感じるのか」と考えることが多いんです。

つまり、見返りを求めたくなる気持ちが悪いとも考えないし、見返りを求めないことが正しいとも考えないんです。そういった白黒思考はちょっとしんどいかな、とさえ思います。

なぜならば、「恋愛に見返りを求めると上手くいかないと分かっていても、見返りを求めたくなって困っている人」の多くは、いわゆる普通の人たちだからです。少なからず僕にご相談いただく方の多くはそうです。

普段から人に強い依存心を向けるわけでもなく、不平不満や文句ばかり言っているわけではない人が多いように僕は感じているのです。

いつも仕事を頑張り、今までそれなりに恋愛経験を積み、辛いことがあってもそれを乗り越えながら、社会や人に貢献している人が本当に多いからです。

しかし、恋愛となると(婚活なども含む)、急に「見返りを求めたくなる気持ち」が出てきて、ちょっと依存的なスタンスになってしまって悩みをお抱えになる方がいらっしゃるのですよ。

そんな皆さんに参考になればと思い、今日のコラムをまとめます。

よろしければお付き合いくださいね。

 

見返りを求める気持ちは隠れたニーズ・期待

さて、いわゆる「見返りを求める気持ち」は、「隠れたニーズ」や「期待」の心理と言いかえることができるでしょう。

普段から感じているのだけど、しかし表現していないニーズ(要求)や、相手に「こうしてほしい」と思う期待などがそれに当たると考えられます。

自分から相手のためになにか行動を起こすこと自体問題はないのかもしれませんが、その動機として、自ら隠し持っている要求や期待が満たされることを更に期待してしまう状態なのでしょうね。

だから、期待した状態にならなかったことで失望してしまうのでしょう。

もし、ここに問題があるとしたら、自分が失望したときに、自分を責めるか、相手を責めたり不満ばかり抱えることでしょうか。

こうなると「なぜそんな隠れたニーズや期待が生じるのか」とは考えず、何が悪いのか、ばかりみてしまうでしょうから、このような状態を解消していく方法を考えること自体難しくなるかもしれませんね。

 

なぜ隠れたニーズ・期待が生じるのか

さて、ここで出てきた「隠れたニーズ・期待」ですか、これはなぜ感じるのか、という話が残りますね。

まぁ大人な人ほど、自分の隠れたニーズや期待は隠しておくもの、もしくはこっそり満たすもの、と考えがちなのかもしれません。人によっては、自分のニーズや期待よりも相手のことをしっかり考えなきゃ、と頑張ろうとされる方もいるかもしれません。

もちろんその考え方にいいも悪いもない、と僕は思っているのです。

ただ、「ここまで隠れたニーズや期待を持っているということは、自分のニーズや期待を表現することで困った経験があるのではないか」なんてことを考えるのです。

そもそも隠れたニーズや期待を持っていない限り、恋愛のときだけ依存的になるということはあまりないはずです。

また、自分の中で多少のニーズや期待を人に向けることに許可が出ているなら、いつも隠し持つ必要もないはずですし、満たされない思いを抱えることも少ないはずではないか、と僕は考えちゃうんですよ。

だとしたら

・自分が感じるニーズや期待を人に表現すること自体に何かしら抵抗があって、それができずにいるのではないか
・だから、ニーズが出やすい恋愛関係の中で、その部分がドバっと出てくるのではないか

そう考えているのです。もちろんいいも悪いもなく、そのような状態なのではないだろうか、とね。

ただ、もしそうだとすれば「恋愛でだけニーズや期待が出てくる人」というのは、今まであまり愛されてこなかった経験がある、と見るのがシンプルな考え方になりますね。

しかし、これはちょっと矛盾するような話なのですが、僕の経験上「恋愛でだけ依存的になってしまいます」というご相談をいただく方の中には「でも、親や友達から愛されたって感覚はあります」とおっしゃる方が少なくないのです。

なのに「恋愛でだけニーズや期待が出て依存的になる」としたら、これはちょっと理解し難い話になるわけですよね。

愛されていたはずなのに、しかしまだニーズや期待が出てくる。

そう思えば「私ってどんだけ欲張りなの?底なし沼か!」と自分を疑う人だって出てくるのです。

ただ、そういったお話を伺うたびに「もしかして」と僕の中で浮かぶことがあるのです。

はい、前置きが長くなりました。ここからが今日の本題です(^^;

 

「恋愛だけ相手に見返りを求める普通の人たち」とは、「愛されているけれど受け取れない状況が続いている人たち」

少し想像してみてください。

あなたが砂漠を一人で歩いていて、もう2日ほど水を飲めていないと思ってみてください。

苦しいですよね。

そんなとき、通りがかった人がいて、水を持っているとしたら「その水をください!!!」と求めたくなりますよね?

 

これを恋愛に応用して考えてみると、次のようなことが言えると僕は思うのです。

もし、自分自身が人から愛されていても、その人の気持ちを何かしらの事情で受け取れていなかったとしたら、やはり誰かに愛されたくなる気持ちも強くなるのではないか。

つまり、「もし自分自身が人の好意を受け取れなかったとしたら、その分だけ、恋愛で相手に見返りを求める気持ちは強くなる」と考えることができるのではないか。

 

ここにある感情は「飢餓感」でしょう。愛の飢餓感と言ってもいいかもしれませんし、自分自身が承認されることへの飢餓感とも言えるかもしれません。

こう書くとめっちゃ重いやん!と思われるかもしれませんけど、この手の飢餓感は満たされちゃえば(砂漠の例なら水を飲んでしまえば)そこまで感じなくなるでしょう。

 

つまり、「恋愛だけ相手に見返りを求める普通の人たち」とは、「愛されているけれど、それが受け取れない状況が続いている人たち」と考えることができそうなのです。

そしてこの状態にある方ほど、なぜか「私が愛される理由」について考えるようなのですが、僕の意識はそこに向いていないのです(^^;

そもそも「愛される理由」なんてものはあまりに哲学的でよく分からない、というのが僕の本音です。

あなたのことを好きな人は愛するだろうし、そうではない人はそれなりに関わるだろう、と考えているところです。

むしろ気になることは「なぜあなたは愛されているのに受け取れなかったのか」です。砂漠の例で言うなら、通りがかった人が水をくれたのに、それを飲まないでいるのか、と言い換えることができるでしょう。

これ、謎だと思いません?

そして、その謎こそ、今回お伝えしたい本題そのものなのです。

人を喜ばせたい気持ちが強い人ほど、愛されると困る罠にハマることがある

ここでもう一つのたとえ話をしましょう。

人の愛情を「わんこそば」に例えると分かりやすいと思うんですよね。

例えば、あなたがわんこそばを食べる人。

家族や友達などが、わんこそばを器に入れてくれる人。

最初は、器に入れてもらったお蕎麦を「ありがとう」と思ってツルっといただく。そして「おいしい!」となる。

そんな嬉しそうにしているあなたを見て、家族や友達は嬉しくなる。その光景を見ているあなたも幸せだなぁ、と思う。

そこまではいいのです。

が、あなたがお蕎麦を食べ続けてお腹が一杯になってきた、としましょう。

ここで「もうお腹いっぱいだわ、ごちそうさま」と言えればいいだけですよね。ここに何の問題もないわけです。

が、もしあまりに家族や友達などが嬉しそうに「ほら、もっと食べなよ〜」と勧めてきた時に、「相手がそんなに嬉しそうなら、もうちょっと頑張ろうかな」と思って無理をしてしまう、と思ってくださいな。

あなたのお腹の状態を知らない相手は、きっと喜んでどんどんお蕎麦をいれてくれますよね?

すると、あなたは何を感じ始めるでしょうか?

お蕎麦をもらうこと自体、嫌になってきません?相手にも自分にも罪はないのに、なんだかだんだんしんどくなってきません?人によっては「もう、こっちがしんどそうなの、気づけよ」とか思うかもしれない。

つまり「相手のいい気分や喜びを大事にしてあげたいな」という気持ちは素晴らしいし、間違いじゃないのですが、そのために自分が取った行動が自分を苦しめているわけです。

いわば、我慢。

言い換えれば「犠牲」です。

同時に、「お蕎麦(相手の好意)をもらうと苦しい」という意味で、相手の好意を喜んで受け取れない自分とも出会うわけです。

自分は人の愛情を受け取らず、時には鬱陶しいと思ってしまっている・・・。

ここに罪悪感があるのです。

私は私のことを思ってくれている人の気持ちを台無しにしている、という気持ち。

この気持ちを「そもそもは人を喜ばせたくて我慢する人が感じている」と想像してみてくださいな。

どれだけ自分を否定的に見るでしょうか。

本来は「ただ相手を喜ばせたいな」と思っていただけの人が、自分を罰するようになるのです。かつ、愛されると困る、苦しい、と感じるようになるのです。

その理由はたった一つです。

「自分の気持ちが言えない(言うと相手が傷つくという思い込み)」

お蕎麦の例で言うならば「もうお腹いっぱい!ありがとう!美味しかった〜!」というと、相手ががっかりするんじゃないかと感じているということ。(そんなことはないでしょうけど、きっと。)

これは「相手の愛や好意を止めると悪いなぁと思い、我慢しまくった結果、相手の愛をうざいと思う自分になってしまった」という話でもあります。

 

この「自分の気持ちを伝えることが相手のためにならない」と考えてしまうことが、恋愛においての「隠れたニーズ・期待」が生じる理由になると僕は見ています。

自分の気持ちを表現すると悪いと思うから「期待するしかない、分かってもらうしかない」と考えてしまうのだろう、と僕は思うのですねぇ。

だとしたら、そもそもは人に気を使えるし、相手の気持ちを大切にしたいと思う人が、この罠にハマると思いませんか?

逆に、自分の気持ちを伝えることに何ら抵抗がなく、相手がどう思おうが知らんがな、と思えている人ならば悩まないかもしれませんねぇ。

 

「見返り」を手放す方法は「信頼」&「自分を表現すること」

さて、ついつい恋愛に見返りを求めてしまうというみなさんには、ぜひ覚えておいてほしいことがあります。

「人は人の役に立ちたい存在であるからこそ、自分の存在が相手の苦しみになることを望んではない」

自分の思い通りにならない事で不満を感じるのは子供であって、いわゆる大人なみなさんはそんなことは望んでいない、ということです。

だから、あなたが「自分の大切な意見を伝える」「自分を表現する」ときには、それを相手なりに受け止めてくれるという信頼や感謝を持つことが大切です。

特に、家族、友人、パートナーにこの信頼を向けられないと、相手の存在価値の過小評価が起きたり、「こんなこと伝えて大丈夫かな」といった心配や不信感ばかり感じてしまいます。

こうなると、言いたいことを曖昧に伝えてしまい、相手に分かりやすい形で伝えようとする努力を怠っちゃうんです。だから「分かってくれるはず」と思いこんで、期待通りにならなくて失望するのです。

ちゃんと自分の気持ちを分かりやすく、相手に伝えてみれば、相手だって受け止めてくれるでしょう。

このコミュニケーションができれば「見返りを求め、期待すること」自体不要になるはずです。

もし、相手に悪いなぁと思う気持ちがあなたなりの優しさだとしたら、ちゃんと感謝して自分の意見を伝えることが、相手への誠実さだと考えてみましょう。

 

同時に、こうも考えてみましょう。

「私は人の役に立ちたい存在であるからこそ、私の存在が大切な人の苦しみになることを望んではない」

だからこそ、今まで言いたいことを言わず我慢してきたのかもしれない、と。

まず、そんな自分を認め、もうちょっと信頼してみませんかねぇ。結構「いいヤツ」だと思いません?自分のこと。

その上で、「我慢するより、自分の気持をと伝えたほうが分かりやすいわ」とシンプルに考えてみてください。

自分の素直な気持ちを伝えることもまた「相手への信頼」があるからこそできることです。

あなたが一生を共にしたいと思えるような人と出会いたいなら、相手に何も言わず見返りを求めるより、信頼を相手に向けることではないでしょうか。

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