恋愛・夫婦の心理学

恋愛・結婚がしたいのになぜかその気になれない心理とその処方箋

私、モテないわけじゃないと思うんです。

今までもそれなりに男性に告白されたこともありますし、それも一度や二度ではありません。

しかし、私がその気になれないんですよね。私から断っちゃうので、恋愛も結婚も前に進みません。

以前、友達に恋愛相談してみたこともあります。

すると、「まぁあなたにとってその程度の男性だったんじゃない?」って言われることが多いんです。

とはいえ、私もいいお年頃。

恋愛や結婚への願望はありますし、早く結婚したいとも思うんです。

が、やっぱりそんな気分になれないんです。何故なんでしょうか。もし理由があるなら知りたいです。

また別の親友に相談してみたところ

それって選り好みじゃない?
プライド高くない?
人を見る目がシビアなんじゃない?
いつまでもいい人を待っていたってやってこないよ?

と言われることもありました。

自覚はないのですが、私はプライドが高くて、人を見る目がシビアで、ワガママな人間なんでしょうか?だから恋愛できないのでしょうか。

そう思うと自分の性格を直さないとな、って思ってしまいます。

これは結構悩ましい問題ですよね。

「恋愛や結婚への願望はある」けれど、「実際に異性と向き合うと無理って思う」わけですから。

欲しい物が手に入らない心理状態の典型例と言えるかもしれません。

だから、本当に幸せな恋愛や結婚を望む気持ちをお持ちなんだろうな、と僕は思うのです。

が、実際は自分から遠ざけてしまうわけですから、なんとも自己矛盾を感じて切なくなりますよね。このような矛盾が自分を責める理由になる場合も少なくないようですし。

どうしてこのようなことが起きるのかについて少し解説しながら、今回の事例について僕なりにお答えしたいと思います。

 

なぜ自分の願望通りに行動できないことが起きるのか

僕たちは今回の事例のように「欲しいと思うけど、要らないとも感じる自分」と出会うことって少なくないですよね。

例えば、「お金はほしいけれど仕事はそんなにしたくない」「資格は欲しいけれど勉強はしたくない」「独身の方と恋愛して結婚したいけれど、付き合う人はいつも既婚者」といったように、「願望」と「自分の感情や行動」が逆を向くことがしばしばあります。

その理由を考えたときに「だってニンゲンだもの、そんなものだよ」とも考えられそうですが、兎にも角にも真剣に悩まれている方にとってはとにかく切実な問題だと僕は考えています。

なぜならば「なぜこうなってしまうのか、その理由が自覚できない事が多いから」ですね。

さて、このようなケースを僕のようなカウンセラーの目線で見ると

「なぜ願望通りに行動できないのかではなく、願望どおりに行動するとどんな感情的リスク(葛藤)が生じるのか」

と考えることになります。

要は、願望どおり行動できないのではなくて、願望通り行動すると葛藤状態に陥る、もしくは心が「危険だ」といったアラートサインを出すから、願望通り行動できないのではないか、と推測するわけです。

これはもはや気合や行動力の問題だけではなく、「もう傷つきたくない」「もう葛藤したくない」「もう振り回されたくない」といった思いを感じるから前に進めない、というわけです。

つまり、「自分の願望通りに行動できない状態」とは、すでにハートブレイク(傷心)があり、それが「二度と傷つきたくない」「葛藤したくない」という防衛的反応につながっている可能性があるということなんですね。

今回の場合で言えば「恋愛・結婚がしたい気持ちはある」わけですよね。

もしかすると、一人は寂しいし、このままじゃずっと一人は不安かも?と思うこともあるかもしれません。

けれど、実際に恋愛や結婚という状態を迎え入れるとなると、「もしかして傷つくかも」もしくは、「葛藤する(苦しい思いをして悩む)」「相手に振り回されたり合わせ続けなきゃいけない気がする」と感じるとしたら、どうでしょうか。

まぁそんな思いまでして恋愛や結婚を望む気にはなれないし、どこか怖いとさえ感じるかもしれないですよね。

これは「恋愛や結婚への願望を持っている」という事実や「一人のままでは寂しいしそれは望まない」という気持ちとは全く別のところで起きている葛藤だと言えます。

だから「このままじゃ寂しいはずなのに、どうしてお断りばかりしてしまうのか」と考えてもあまり答えは出ないかもしれません。

「恋愛・結婚がしたい」「このままじゃ寂しい」という気持ちを凌駕するほどに「でも嫌。要らない」という気持ちが強くなっている可能性が高いのです。

 

これは仕事・お金・人間関係の問題でも同じことが言えますね。

例えば「収入がほしい」という気持ちより「お金を持つとろくなことがない」とか「金持ちは性格が悪い」といった思い込みが強いならば、願望通り行動することは難しくなるでしょう。

もちろんこれはいい悪いという話ではありません。誰しも自分の思い込みが影響して「願望はあるけれど、無理・嫌だ」と感じることはありえる、と考えられます。

それぐらい僕たちは生きているだけで気づかないうちに無数のハートブレイク(傷心・悲しみ)を抱えますし、そのハートブレイクが癒やされていない度合いだけ、常に葛藤し続けているものなんですよ。

この問題の何より大きなポイントは、その葛藤が起きる対象が、自分の人生において重要なできごとなのか、そうではないかの違いです。

例えば、「この食べ物、食べてみたいけど」といった願望なら、別に成就しなくてもそこまで悩まないかもしれません。

しかし、仕事、結婚、お金、対人関係といった問題になると、そのように言ってばかりいられないかもしれません。

その差が悩ましい状態を作る、と言えそうですね。

恋愛・結婚がしたいのにその気になれない心理的要因と対処法

さて、では今回の事例についてもう少し深く見つめていきたいと思います。

では、どうして「恋愛・結婚がしたいのにその気になれない」のでしょうか。

その葛藤を作る心理的要因と、その対処法について、よくあるケースを例にいくつかご紹介したいと思います。

他者評価と自己評価の差が激しい

いわゆる「自分の厳しいタイプの人」「向上心が強い人」に多く見受けられるのですが、他者評価と自己評価の乖離が強い方がいます。

人の評価がいまいち受け取れす(喜べず)、どこか慢性的に「自分はこれでいいのだろうか」と常に考えてしまいやすいタイプの方がいるんですよね。

日頃から素晴らしいことをしても、すぐ「本当にこれで良かったの?」と不安がよぎるタイプといいますか。

どこかで自分の気持ちや感覚を信頼する、ということに慣れていないわけですが、それがなかなか難しくて、すぐに自分自身(自分の行動や感情、発想など)を疑う気持ちが出てくるという人がいます。

この場合、自分を疑っているわけですから、投影の法則によって自分から「人も疑いやすくなる」わけです。

これは常に人に対して悪意を持っているという意味ではなく、「自分のことを素直にいいと思えない」からこそ、「本当のところ、人は(相手は)私のことをどう思っているの?」と疑ってしまうようになるのです。

恋愛で言うならば「私はこんな人間なのに、それでいいの?」と自分で思っちゃってる感じですね。それが行き過ぎると「今は好きだって言ってくれるけど、本当の私を知ったら嫌になるかも」と思い、実際にちょっとめんどくさい自分になる人もいるかもしれない。

これこそ「他者評価と自己評価の差が激しい人」の特徴であり、いわば「人の好意を受け取れない」状態になっているわけです。

今のままでは満たされないし、心細いし、寂しいと感じやすいからこそ恋愛や結婚を望む気持ちがある反面、それ以上に「他人にNGを出されること」を怖れているのかもしれません。

自分の評価があまり高まっておらず、自分で自分を信頼することが難しいので、人からの批判やNGで自分を見失ってしまうような状態になりやすいんです。

この状態をとにかく避けようとするならば、そりゃ恋愛や結婚を遠ざけるようになると思いませんか?

かなり切なく悲しい気持ちを抱えながらね。

【処方箋】

この場合の処方箋は「人の好意を受け取れる自分になる」ということになります。

が、そもそも自分を疑ってしまう癖には「これ以上傷つかない」という目的が存在しているわけでしてね。

まぁそう簡単にその癖は抜けないわけでして、口でいうほど簡単に人の好意を受け取ることはできないわけです(^^;

むしろ「人の承認・評価が欲しいけど、しかしめちゃめちゃ怖い(嫌だ・キモい〜)」と感じるはずなので、いわゆる「愛されてるって意識を高めましょう」だけでは気乗りしない自立女子の皆様多数かな、と僕は思っておりまする。

かつ、このタイプの方は「努力家タイプ」が多いと僕は見ております。

実際に人と関わる際や仕事などの場面では、とても誠実に他者に貢献されている方も多いです。

だから、「自分から与えれば受け取れる」という返報性の考え方をすんなり取り入れられない場合も少なくありません。与えてきたのに受け取れないじゃないか!と思ってしまう方、多数なのでございます。

もちろん与えることによって受け取れる、いわゆる好意の返報性に間違いはないのでしょうが、ここでは「なぜそこまで(人に)傷つくと思うのか、振り回されないようにするのか」その事情を解消する必要がある、と僕は見ているわけですね。

そこにはハートブレイク(深い悲しみ)が隠れている事が多いわけでして、その感情を誰かに理解されたことがあまりない方が多いのです。

いわば、放ったらかしなんです、悲しみを抱えた自分がね。

その自分を自分でも受け容れないのであれば、まさか他人が人に受け入れてもらえるとは思えないわけですよ。

なので、少しづつでも自分自身の感情を受け止めていくことがポイント。ゆっくり丁寧に着実に。

すると、次第に悲しみが消化されていく分だけ、普段の自分や「そもそも貢献心あふれる自分」を認め、受け容れ、評価しやすくなっていきます。

そもそも僕たちは「本当はどうしたいのか」が不明な状態の中で、なぜか他者評価ばかりが高まると、欺瞞や疑いが強くなりすぎて、どこか「私は嘘をついている」という罪悪感を感じることがあるわけです。

そのネガティブな感情や感覚をとにかく解消したい気持ちから、せっかくの他者評価(他者の好意)を自ら跳ね除けたり、ぶっ壊してしまうこともあります。

しかし、自分の内面と向き合っていくことで、今までは「傷つかない」「振り回されない」という視点で努力していた私が、シンプルに「自分がやりたいと感じることを実現できる私(貢献する私)」に変化していきます。

行動は同じなのですけど、動機が変わってくるわけです。

こうなると、次第に「他者評価」を壊す罪悪感より自分への信頼が整い始めますから、今まで以上に受け取れる自分になっていけます。

つまり、異性から好意を向けられたときに「ありがとう」「嬉しい」と思える私がどんどん大きくなるようなイメージです。

なので、ここでのポイントはハートブレイク(深い悲しみ)を癒やすことになるというわけです。

罪悪感が強くセクシャリティが受け入れられない

自分の中では「幸せな恋愛や結婚がしたい」と思っている、つまり「親密感」を求めているのに、つい相手を遠ざけるような言動を繰り返してしまう。

これは罪悪感が強い状態になるとよく見られるパターンです。

特に、男性の場合は「俺がそばにいても相手は幸せになれない」といった愛する人から分離をする理由になりますし、女性の場合は「愛する人と繋がれない私」「愛する人を大切にできない私」という自己嫌悪となる場合もあります。

その根っこにあるのは、自分のセクシャリティ(や自分自身)を受け入れられない苦しみです

この苦しみを抱えながら、パートナーに「好きだよ」とか「愛している」と伝える自分が嘘くさくて耐えられない、という人も少なくありません。

そもそもここでの罪悪感とは「自分は毒だ」という感覚をもたらす作用がありますから、「毒の自分が偽って愛を表現している!なんて自分は嘘つきで不誠実なんだ!」と思いこでしまうことだってあり得るんです。

だから、とりあえず「良い自分(まともな自分)」「毒ではない自分」になりたくて、人の好意に対してNOと伝えてしまうのです。

「すごく好意を伝えてくれて嬉しいけど、今じゃないんだよね、今じゃないの。今の自分では無理なの。」

そんな感じがするかもしれません。

また、この罪悪感から、愛してくれそうにない男性や既婚者を選び、その男性を支えたり尽くすことで、「今の自分では無理」という切ない感情・感覚に蓋をするなんてパターンもあります。

これは一つの補償行為(自分から十分に愛せないと感じるからこそ引き受ける犠牲、埋め合わせの行為)なんですけどね。

また、今までに人の好意に対してNOを言い続けてきた方にとっては「もうそういうの要らないから」「どうして誰も私の気持ちを見て理解してくれないの?」と感じるかもしれませんしね。

が、相手は相手なりに最善を尽くしているのかもしれません。

問題は、あなたの中の罪悪感(無価値感)にあり、「愛されるにふさわしくない私」を誰にも見せずに抱え込んできたことにあります。

【処方箋】

この場合の処方箋は「罪悪感を癒やす」ということになります。

けれど、まぁこの手の罪悪感は手強く、そうすんなりと癒やされてくれません(^^;

実際、この手の罪悪感は「心から自分(私)を与える」ということによって解放されていくことが多いのです。

自分の手で人を愛し慈しみ、相手が喜ぶ、という経験がこの手の罪悪感を手放すプロセスになりますよ。

が、ねぇ、それが怖くて無理だと思ってきたから、今まで散々異性の好意にNoを突きつけてきたわけですよね。

その葛藤・悲しみはどれほどのものだろうか、と僕は想像するのです。

ならば、もうあなたが一人で苦しまないためにこう考えてみてほしいのです。

この手の罪悪感(コンプレックス)は、あなた以外の人(異性)の愛情、いわば理解や包容力に救われていくことが多い、と。

自分では愛せない領域を愛してくれるのが人なのです。

もちろん人の弱さを否定する人もいますけど、それはその人の事情によるもの。

本当に自分を愛し、支え、味方になってくれる人はそんなことしませんよね。

だから、自分の弱さを人に見せる。人の包容力に自分を委ねてみる選択は、大いにありだと思います。

要は「罪悪感」を感じているのは自分であって、他人はそう見ていない可能性があります。それが人の存在が超ありがたいと思える部分なわけですよ。

かつ、今の自分を受け容れられず苦しんでいるのは自分であって、他人は受け入れることができる場合も存在するんです。

あなただってそうでしょ?悩んでいる仲間がいれば「そんなことないよ、大丈夫だよ」と伝えてあげたいと思いません?

そんな体験をあなたにもしていただきたいわけです。その一つの方法がカウンセリングという場になる場合もありますよね。

もちろん「えーそんなの申し訳ないし、何も返せないよ」と思う方もいるかもしれませんが、もらったものは返せばいいだけです。

つまり、結果的に「大切な人を包んであげる自分」になれれば、問題なんてないなのです。

隠れた復讐心によるもの

自分の内面にいまだ消えない復讐心があると、「恋愛・結婚にその気になれない」ということが起こります。

これは「自分を愛してくれなかった誰か」に対する恨みつらみが残っている、という状態です。

例えば、親、兄弟、元カレ、元カノ、離婚したパートナー、自分をひどく責めた人などへの「恨みつらみ」が残っていると、「お前のせいで傷ついた」という証明をしたくなる場合があるわけですな。

かつ、恨んでいる自分の投影で「私が人を恨んでいるように、自分が幸せになったら恨まれるかも」と感じるようになる場合もあります。

このような心理状態になると次のようなことが起きるのです。

「自分が幸せになり、大切な人を愛し、愛されるという関係を持つことで、復讐が終わってしまう」

つまり、誰かを許せないという気持ちが色濃く残っている分だけ、自分が幸せになってはいけないという「禁止の心理」が働くのです。

ただ、厄介なのは「禁止の心理は禁止したものに対する欲求を作る」ので、禁止した幸せへの憧れ、願望だけが膨れ上がってしまって超切なくなることでしょうか。

これはまぁ人生をかけた復讐とも言えますし、支払う代償がかなりでかいということになるわけですけど、しかし「それほどまでに許せない」と思った人がいる場合もありますよね。

ただ、そこまでの復讐心を持つなら、きっとあなたはよほど怖い思いやつらい思いをしたのかもしれません。

また、かつてのあなたはその許せないと思う人を理解しようとしたり、信頼し、愛そうとしたのではないでしょうか。

でなければ、ここまで強い復讐心を持つことはないのかもしれないと僕は考えることがあります。興味がないものに復讐心なんて持ちませんからね。

ただ、「傷ついたのはあなたのせいだ」という被害者的スタンスを続けることは自分の首を絞めてしまいかねません。

なぜなら、もし、せっかく出会ったパートナーに対して、同じことをしてしまうとしたら、そんな自分に失望してしまうのは何より自分自身でしょうからね。そんな自分だから怖くて人の好意を受け取れずに苦しむことも往々にしてあることなのです。

【処方箋】

ここでは、この隠れた復讐心に気づき、認め、手放すことはポイントになります。

愛がなければ復讐心など生まれはしません。しかし、愛があるからこそ恨みや憎しみもまた増すことがあるでしょう。

そんな自分に何度も問いかける必要があるのかもしれません。

「自分が本当にしたいことは何?」。

その上で、あなたが許せずにいる人を理解し、許し、手放すことにチャレンジしてみましょう。

許せないという思いがすべて悪だとは僕は思いません。許せないことだってあるはずなので、それは一つの自分が感じる気持ちだと思うのです。

僕としては、そういったお気持ちを否定することなく大切に扱わせてもらいたいと願っています。

ただ、自分が誰かを許さないことで「自分を許せず罪悪感を感じる」ならば、復讐心は自分に突きつけているナイフのようなものだといえます。

自分が許せないから、自分自身が心から求めるもの、やりたいことを実現することにNGを出すわけですし、だから「自分のやりたいことがわからない」という状態に陥る必要があるのです。

だってね、自分のやりたいことが理解できちゃったら、ついやりたくなりますもんね。

だから、逆に「夢や希望なんて持たない」という生き方を選ぶ人も出てくるわけですよね。

もしあなたが幸せを享受したければ、自分を許し、自分が喜び、あなたを愛する人を喜ばせるために、その復讐心というナイフを捨てるといいでしょう。

ただまぁ、言うは易しでなかなか許せないものなんですけどね(^^;

ただ、それぐらい許せない対象がいるからこそ、今のあなたは自分を許せず、人の好意をも受け取れなくなっているのかもしれない、と考えてみましょう。

また、いくら今の自分は一般的に「正しいことをしている」「うまくいっている」としても、どこかで復讐心を隠し持ち、自分が喜べない状態を続けていると、どうしても「自分はニセモノだ」という罪悪感が強まることになります。

そう、ここでも「この偽物で毒の私が相手に愛を伝えるなんて嘘くさい」と思ってしまうわけですし、そんな自分では相手は喜んでくれない、と思いこんでしまうわけですね。

ここで恋愛・結婚に向き合う怖れが生じるわけでして、その根っこには「自分は大切な人を愛することができない」という加害者意識があるわけです。

この深い悲しみを超えるには、自分が本当にしたいことを体現できる自分になることに尽きます。

また、自分にとっての「なりたい自分」を体現している他の誰かから学ぶことが、癒やしにつながることもあるんですね。

 

以上、よくある3つのケースについて解説しましたが、皆さんのなにか参考になりましたら幸いです。

 

プライドが高いのではなく、もう傷つきたくないと理解しよう

また最後に簡単ですが、「やっぱり私はプライドが高くて、人を見る目がシビアで、ワガママな人間なんでしょうか?」という疑問にお答えしておきますね。

そもそも心の世界では「プライドは心の防波堤」と認識されます。

傷つきたくない、振り回されたくない、裏切られたくない、思いが伝わらない悲しみを感じたくない。

そう思えば思うほど、二度と傷つきたくないからプライドが高くなるのです。

つまり、プライドが高いということが意味するものは、それほどまでにあなたが誰かを思い、愛したことがある(その結果傷ついてしまったのかもしれない)ということだと僕は理解しています。

ただ、プライドが防波堤なら、きっとあなたには「あなたの外側(人)からやってくる承認が届かない」ことが増えるでしょう。

だから、人が自分をどう見ているのかがわからなくなるのです。

これはいわゆる自立の問題と呼ばれるものです。

そして癒やすべきは、自分の内面にある感情なのです。

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