日常に使える心理学

思い込み・判断が強くなって痛い思いをしたときに読むコラム

思い込み・判断が強くなって痛い思いをしてしまうときってないですか?

思い込みや判断が強すぎて痛い目にあった男性

「思い込みによる判断」という言葉を聞くと、皆さんはどんなイメージを持たれますか?

個人的にはあまり良いイメージを持たれない方もいるかも、なんて僕は思うのですけれど(これは僕の思い込みや判断でしかないですけど(^^;)。

人は見たいように物を見る、なんて話がありますけど、日常生活の中で、僕たちは主観で物を見て判断していることが多いものかもしれないですね。

一つの情報だけで物事を判断して思い込みを強めたり。

自分の考えや判断を客観的、多角的に検証することを忘れたり。

ときにはその場の感情で思い込みを強めてしまったり。

頭の中でシュミレーションして検討することを忘れてしまったり。

その結果、自分の中だけで思い込み・判断が強くなって、現実でめっちゃ痛い思いをしてしまうときってないですか?

お互いの気持ちが見えなくなったがゆえに訪れた離婚や失恋もそう、ともいえますし。

人を誤解してトラブルになったり、思い込みだけで行動してあとで「もうちょっと冷静になればよかった」と後悔したり。

ただ、自分の思い込みや判断ってちょっと修正しがたいものでもあるんですよね。

ということで今日は思い込みと判断についてコラムにしてみようと思います。

よろしければどうぞ。

自分の思い込み・判断が正しいと思いこんでしまう事情

これは僕自身にもよく起こることなので、普段から気をつけていることなのですが

「自分の思い込み・判断が正しいと思いこんでしまう」

なんてことはよく起きるようです。

特に「自分の正しさ」や「何かしらの感情」が伴う思い込みや判断って、正しい、間違っていない、と感じやすいんですよね。

だから、自分の正しさや感情的な判断を疑わない(疑う気にすらならない)ものなんです。

それぐらい自分の思い込みや判断以外が間違いだ、と感じているともいえます。

逆に言えば、正しさを求めていない思い込みや判断、あまり感情が伴わない思い込みや判断って、意外と修正しやすいもの、ともいえます。

例えば、明日の天気のこと。

別に明日の天気がどうでも良ければ、なんとなく「明日晴れてほしいなぁ」という思いを持っていたとしても、天気予報が「明日は雨」という情報だけで、「明日は雨か」と考えを容易に変えることができるでしょう。

しかし、明日が子供の遠足だとか、休暇でキャンプに出かけるだとか、仕事で雨がふられるとマジで困る、なんて事情があると

「天気予報が雨って言っている。けど、いや今日晴れてるし、雨じゃないよね、きっとそうだよね」

と自分の考えや判断を維持したくなるのではないでしょうか。

自分の思い込みや判断を変えないのは正しさや感情の影響が強いとき

そう考えると

自分の思い込みや判断を変えないのは正しさや感情の影響が強いとき

なんて言えるかもしれません。

例えば、ハードワークしないと人から置いていかれる、なんて焦りがあると、どうしても「ハードワークが正しいし、そうしないといけない」という思い込みや判断を変えづらくなる、といいますか。

他にも、友達から「あなたの彼はあなたのことをそこまで嫌いだと思っていないと思うよ」と励まされても、自分が彼を信じていなかったり、自分が愛されないと信じていると、「そんなわけないだろう、だったらなんであんな行動を取るんだ」と思いやすいと言いますか。

この状態、見方を変えれば「頑固なだけ」ともいえるのかもしれません。

人によっては「自分が損する思い込みや判断にしがみついている」なんて思うこともあるかも。

ただ、心の面から見つめてみると

自分の正しさ(思考)や感情(好き嫌い)の影響が強い時ほど、自分の判断や思い込みを変えられずにいるということが少なくないといえます。

そこには何らかの事情がある、って感じでしょうか。

まぁ、思い込みを変えないことがいいか悪いかなんて話は、なかなか言いづらいことなんですけどもね。

いい意味で自分を疑えず、YESばかり欲しがる人も思い込みや判断を手放しにくい

また、いい意味で自分を疑うことができず、どこか

「自分の考えや判断って間違っていないよね」

という風にYESばかり欲しがる人の場合も、思い込みや判断を手放しにくい傾向があると言えますね。

そもそも自分の考えや判断、思い込みについて見つめる作業ってのは

「いい意味でのネガティブさを発揮する必要がある」といえます。

ネガティブ、つまり一旦自分の意見を横において(一旦否定して)、客観的に見たり、時には「自分の考えや思い込みって本当にそうなのか?」と疑う必要があるんです。

この「自分を疑う」ということができないほどに、普段から自分を疑い続けていると(自信がないと)思い込みや判断を手放せなくなる場合があります。

また、「自分が頑張り続け、学び続け、正しいことを考え、自分に厳しい視点を持って妥協せず生きていれば正しい判断をするものだ」と考える人がいます。

もちろんそのお気持ちも個人的にはすごくわかるんですが

自分を客観的に、いい意味でネガティヴに見ること(他人や他の視点で自分の考えを検証する)ができるほうが、実は思い込みや判断を冷静に見つめやすくなる場合も少なくないと僕は考えています。

余談ですが・・・

ここで、余談程度に僕の話を書かせていただくと(^^;

僕という人間は、どちらかというと情熱的というか、まぁまっすぐ物事を考えたい人間だからこそ、つい判断や思い込みが強くなりやすいのです。

例えば「自分はこう学んだからこうだ!」と言い切ってしまいやすいタイプでもあるんですよね(^^;

最近は、「いやいや、他の考え方もあるやん」と自分で自分にツッコめるようになりつつあるのです。

が、油断していると一つの答えにこだわるんですよねぇ(^^;

確かに自分の考えや思い込みが間違っていると限ったわけではないのです。

が、課題は「他の見方、考え方があるということに気づきにくい」という部分。

対人関係で言えば「相手の考えや気持ちに気づきにくい」ということでもありますね。

なので、常々「自分は今こう思ってるけど、本当にそうなのか?」といい意味で自分を疑う意識を持つように心がけている、といえます。

これは自分を否定ばかりしているとか、信じていないということではないのです。

自分の考えや学びは大切にしながらも、「自分の判断、思い込みは正しいのか」と検証する感じです。

それでも間違うことはあります(^^;

だってにんげんだもの・・・。

が、そう思うからこそ理解できることが増えた、という実感が僕にはあります。

もちろんいつまでも「本当にそうなのか?」と考えているなら、それは自分で決められなかったり、答えを出す材料が揃っていないということかもしれません。

なので、僕の場合は、人の話を聞いたり、別の考え方に触れたり、裏付けを取ろうとしたり、ぶっちゃけ分からないことは学んで、また考えて今のベストで答える、を繰り返すんですよね。

こう書くと僕がめちゃくちゃ真面目な人間のように写ってしまうかもしれませんが、実際はそうでもないです(^^;

正直に書くと、自分でも最近気づいたのですが

「上手に物事や人を理解できないと(愛せないと)人一倍罪悪感を感じる性分がそうさせている」

が実情です(^^;

自分でも「もう少し楽にならんかね」と思うのですが、だからこそ「ちゃんと考えよう思う自分」も捨てがたいのです・・・ふぅ。

思い込み・判断が強くなって痛い思いをしないために

最後に、自分の思い込み・判断が強くなって痛い思いをしないためにできること、を考えてみましょう。

まぁ人間は思い込み・判断が強くなって痛い思いをしないようにと思っても、うっかり自分の判断や思い込みで、誰かを傷つけたり、誤解したり、なんてことを引き起こしてしまう生き物といえます。

ただ、極力そういった現実を少なくすることを考えるならば

「自分の感情を整えること」

「自分が正しいことばかりにこだわってなんでも判断していないか、と優しく見つめ直すこと」

かもしれません。

とかく自分の心に余裕がないと、余裕のない判断や言動をしてしまうものです。

余裕のない判断や言動とは、自分の中の当たり前感や、自分の感情に流されてしまう、ということでしょう。

だから、

普段から自分の良い部分を見つめたり(自分ってええやつやんと思えるように言動や感情も整えること)

疲れたら効果ある休息を取ること、睡眠の質を整えること、栄養のバランスを考えた食生活を送ること、楽しめる時間、リラックスできる時間を作ること

などを、追い込まれる前に作っておきたいところかもしれません。

また、自分の判断や思い込みが間違っていたときに、自分を恥扱いして責めすぎないことも大切です。

まぁ思い込みや判断で先走って、恥をかいたり、痛い思いをすると

「ぎゃー!もう穴があったら入りたい」

と思うことがあるかもしれませんし、自分を蹴飛ばすこともあるのかもしれません。

でもね、そういった経験から学び、修正を入れることで

「次はきっとうまくいくよ」

って心から思えるようになるんだと僕は考えています。

そう考えると

「人の思い込みや判断、失敗を頭ごなしに否定しない・馬鹿にしない」って姿勢も大切かもしれないなと思うのです。

「へーそんな考え方があるんですね!」なんて風に興味を持つ姿勢って、実は自分を成長させたり許す効果があると言えるんですね。

逆に「えーそれってなんか変」「おかしくない?」とばかり思うと、自分の価値観は狭くなるし、

自分が失敗したときに「他人からそう思われることが怖い」という投影も強くなる傾向があると言えます。

最後に

僕が言うのもなんですが、「人は間違う・失敗する生き物」です。

そんな人間の弱い部分を互いに理解して許し会える関係があるなら、それに越したことはないのかもしれません。

が、実際に自分の思い込みや誤解で相手を傷つけたり、迷惑をかけたとしたら、そこで感じる痛みや罪悪感はあるわけですよね。

そんなときほど、素直に自分の弱さを受け容れる勇気を持っていたいものですね。

「本当に強い人とは自分の弱さや嫌な感情を受け容れられる人」なんて言われますしね。

まぁ、痛い思いをすれば一時的にムシャクシャすることもあるでしょうし。

ときには「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ」と嘆くこともあるかもしれない。

それは、人間だから仕方のないこと、として自分を責めずにおいて。

その上で、受け容れて、認めて、人を責めずに許し、自分が与えたい物を与える。

それって勇気だし、愛だなぁと僕は思います。

むしろね、その場の感情に流されて人を責めたり、自分の正しさで相手を傷つけてしまうことで感じる罪悪感や痛みがあるなら、それこそ

「本来の自分は誰かを傷つけたいと願っている人間ではなく、愛したい、理解したい人間だ」

という証明なのではないか、ぐらい僕は思うのです。

とはいえ、まぁ僕もまだまだ未熟で、成長の途中でして、うっかりやらかす機会も少なくないのですが(^^;

どんなことも

よく見て、よく感じて、よく関わって、よく知ろうとする姿勢

が大切なことだなぁとつくづく思うのです。

そして、思い込みや判断で痛い思いをしたときは、失敗を素直に受け入れながらも

「本当に表現したい自分ってなんだろう」
「今は失敗したけど、一体何が伝えたかったのだろう。それはどうすれば伝わるのだろうか」

と、自分を見つめるチャンスなのかもしれませんね。

昔、先輩から「痛い思いもいい経験」とよく言われましたけど、まぁ今になってその言葉は心に深く沁みますね。

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